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おみなへし で始まる 中臣女郎 の歌は、万葉集 に、「中臣女郎贈大伴宿祢家持歌五首」 と題されて載せられてあります。 その 五首の歌 の一番目が おみなへし で始まる歌で、そして、後の四首には、花の名は出てきません。 (− − − それらの歌については、今は省略して、話しを進めさせて頂きます)。 『花を歌う』 の記事で最初に載せた 人麻呂の歌を、ここで再度、みてみます。 路の辺の 壱師の花の いちしろく 人皆知りぬ わが恋妻を 路の辺に、ヒガンバナが咲いていることは、誰にも、すぐにみつけられる、その花の色は、はっきりとした赤色で、それと同じように、私が妻に恋していることは、皆が知っているのだ。 ・・・・ここで、気付くことは、恋する気持ちの起こりや、その発覚の時などを歌にするときには、花を詠む、ということです。 花、恋、女性 (男性)、は、一つだと考えて、間違いないと思います。 そうして考えて、‘おみなへし’ の歌に戻ると、中臣郎女 が、今心に芽生えた恋の相手 (大伴家持) は、秋の野に、ぼんやりと、色も泥んで咲く、それとは目に止め難い おみなへしの花 (人) であると言っているのですから、 それは、実ることは期待出来ない、成就しない恋であることが、暗示されていると思います。 多分、現実と、自分の思いの嵩とが不相応なものなのだということだと思います、 ー ー ー 何しろ、この歌には、‘花かつみ’ と云う、もう一人の男性が居ることが明かされている訳で、事情が込み入っているのだろうということが、すぐに想像されるのです。 ・・・・・・ ご訪問頂いた皆々様には 大変ご面倒をお掛けしますが、下のランキングバナーをクリックして下さいますよう、宜しくお願い致します。 励みになります。 |
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