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前回の記事に書いたように、関東では、日々の暮らしに於いて、富士山は深く馴染まれています。 浅間神社 と名付けられた神社も幾つもあります。 行田のさきたま古墳群の中にも、浅間神社 があって、それは、古墳の上にあります。 その富士山とは、勿論、静岡県と山梨県にまたがっている、あの富士山ですが、日本には、その富士山にそっくりな山が、実際、幾つもあるようです。 幾度もここにリンクを載せさせて貰っている、【暗号「山上憶良」】 というサイトの
という頁には、姿がそっくりな、三つの “富士山” が取り上げられてあり、それらの、地図上に見える大変興味深い関連性が述べられています。 鳥取県(西)にある 大山、北海道(北)にある 羊蹄山 、そして、富士山。 大山 と 富士山 とは、同緯度上にあり、又、群馬県の 多胡碑 と 富士山 とを結ぶ直線の延長上に、羊蹄山 がある、というのです。 大山 と 富士山 と 羊蹄山 は自然がつくったもので、多胡碑 は人がつくったものです。 ー ー ー そのサイトで論じられてある通り、多胡碑をつくった人間は、きっと、三つの “富士山” の位置を意識していたに違いないのだ と、私も思います。 更に、万葉集の歌番号の数字との関連事項についての発見と論説には、驚嘆します。 今更ですが、そのサイトの管理者は、特異な才人だと、つくづくに感じるところです。 〜 〜 〜 が、そのような、古代の人の、測量や数字に於ける優れた能力やセンスを知った上で、敢えて、某しかの違和感を覚える、ということが私にはあります。 漠然とした思いですが、さきたま古墳群を築いていった時の、人々の、富士山を見て古墳の方向を決める、という考え方と、後の世に、古墳の上に浅間神社を建てて祭るようになった時の人の考え方とには、私は、ソリの合わないものを感じます。 文化が違う、という風な感じです。 今、遠くの景色の中に富士山を見て、色々と思いを抱く私のような人間には、浅間神社を建てた人々の気持ちの方に、通じるものがあります。 古代、日本を測量することが出来、北海道の形を描くことも出来た人々の智慧は、歴史が進んでいった、その何処かで、喪失されてしまったように、私は思います。 ひょっとすると、そういう知識を持ったある民族が、太古には日本に住んでいながら、ある時に、そっくり、消失してしまった、ということも、あるような気がするのです。 ・・・・・・・ ご訪問頂いた皆様には、ご面倒をお掛けしますが、どうぞ、下のランキングクリックをして頂きますよう、平に、お願い致します。 私が参加しているカテゴリーバナーを貼っていますので、ブログ村の方は、↑の記事の内容とは必ずしも合ってはいませんが、宜しくお願い致します。 |
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富士山は日本のいろんなところから見えるそうですね。遠くは東北地方からも見えると聞いたことがあります。それでふと思ったのですが、ヒマラヤみたいな高い山はいったいどの辺まで見えるのだろう?
そんなこと誰も言ったことがなくて、富士山はいつも日本の中ではどこから見えたって騒がれるけど、それはやっぱりあの形のきれいさによるものなのだろうかと考えたりしています。
2015/1/16(金) 午後 9:45 [ 秋流カエル ]
> 秋流カエルさん、コメント有難う御座います。
姿が美しい・・・平安時代には、その富士山が噴火したことがあるそうで、その煙こそは、随分遠くの所からも見えたのではないかと思います。
竹取物語には、かぐや姫が置いていった不老不死の薬をその火口に注いだことで、一条の煙が立ち昇るようになった、というようなことが書かれてあります。
かぐや姫が居る、月夜の世界に、その煙も帰って行く 〜 〜 そんな風に言っているようにも思うのですが、とにかく、富士山は、下界よりも、天上に近いもののように、私は思います。
2015/1/17(土) 午後 5:41
羊蹄山の名前と多胡碑の羊とはなにか関係があると?
2015/3/18(水) 午後 11:13 [ Kawakatu ]
> Kawakatuさん、こんにちは。
多胡碑には、給羊、という文字があります。上野国〜の併せて三っつの郡(こおり)、、を羊に給(あたえる)、・・・と解釈されているようですが、
↑文中にリンクしてある、「暗号「山上憶良」」、というサイトでは、給、という文字は、‘羊の糸が合う’、という意味を暗示している、と説いています。
現に、日本地図に方位図を置くと、北には羊蹄山、そして、未の位置に、多胡碑が当たります。
2015/3/19(木) 午後 0:00
> 続き、
是非、リンク先をクリックして頂き、その他、詳細を閲覧して頂ければ、と思いますが、
でも、そのサイトでは、竹取物語に富士山が出てくることについては、関心が向けられていません。
不比等の母の里、車持、は、群馬県のことです。
kawakatuさんの記事で、京が舞台の話しが、終わりは富士山に場所が変わる・・・とある、その理由を持っているのが、群馬県の多胡碑、なのかもしれない、というようなことを、私も漠然とですが、思っています。
2015/3/19(木) 午後 0:21
書く人の地域によって内容がさまざまあって面白いですが、ぼくはぼくだけの記事を書いておきました。トラバしておきます。
最後を富士山に設定したのはなぜか・・・さあて、ぼくにはまだ想像もつきません。
2015/3/19(木) 午後 3:04 [ Kawakatu ]
> Kawakatuさん、色々、有難う御座います。
群馬県は、今年のNHKの大河ドラマの舞台となる(山口と抱き合わせで)、県です。ちょっとしたブームですね。
2015/3/19(木) 午後 5:42
今朝草津のなんとかいう山のふもとの秘湯に全国百名山をめぐっているお兄ちゃんが浸かっており、これはわが別府にもなかなかないよさそうなお湯だと感心しておったところです。
まあ、今後とも、赤木の山も今月今夜で終わらずに久しくお付き合い願います。
群馬については以前書庫を作りかなり検証してきましたが、渡来人研究会の知人がいたく多胡碑を気に入っており、以前から知識としてはありましたが、4人の人名がかぐや姫ととながるとはここで初めて気づいたわけで、大変ありがたいことです。
2015/3/19(木) 午後 7:29 [ Kawakatu ]
いま、スイカズラとカササギという太子の紋章についてしきりに書物を引っくり返している最中です。いずれお楽しみに。
2015/3/19(木) 午後 7:30 [ Kawakatu ]
> Kawakatuさん、コメント、大変、有難う御座います。
kawakatuさんの博識や御勉強振りには、私は全然、及びません。ブログ仲間にさせて頂いたことは、つくづく、嬉しく感じています。
私なりに、考察は続けて参りたいと思っています。
2015/3/20(金) 午後 5:35
> 続き、
カササギは、天の川に居る鳥ですね。 それが太子の紋章とは、何とロマンチックなことでしょう・・・・。
考察は愉しいものです。
お金が無かろうとも、けして、損なわれるものではありません。 山上憶良だって、鴨長明だって、極貧の中で気高い知性を輝かせていたのですから。
2015/3/20(金) 午後 5:42