重陽の節句を祝う

民の命を使って、国の平和が守られる、そんな道理は無いと思います

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      夜をこめて 鳥の空音(そらね)は 謀(はか)るとも
        よに逢坂(あふさか)の 関は許(ゆる)さじ          (清少納言)

ー ー ー 歌の解釈などは、ネット検索から、ちょっと差がつく百人一首講座、より、抜粋致します。

「現代語訳」 = 夜がまだ明けないうちに、鶏の鳴き真似をして人をだまそうとしても、函谷関(かんこくかん)ならともかく、この逢坂の関は決して許しませんよ。(だまそうとしても、決して逢いませんよ)

◆◇◆
ある夜、清少納言のもとへやってきた大納言藤原行成(ゆきなり)は、しばらく話をしていましたが「宮中に物忌みがあるから」と理由をつけて早々と帰ってしまいました。
翌朝、「鶏の鳴 き声にせかされてしまって」と言い訳の文をよこした行成に、清少納言は「うそおっしゃい。中国の函谷関(かんこくかん)の故事のような、鶏の空鳴きでしょう」と答えます。

◆◇◆
「函谷関の故事」というのは、中国の史記にある孟嘗君(もうしょうくん)の話です。秦国に入って捕まった孟嘗君が逃げるとき、一番鶏が鳴くまで開かない函谷関の関所を、部下に鶏の鳴き真似をさせて開けさせたのでした。


・・・・・・

葛飾北斎のこの絵は、百人一首にある 清少納言 の歌を描く、というよりも、全く、「函谷関の故事」 を、描いているのです。

(何回も同じ台詞を言うようですが)、私は、始めは、正直、唖然としましたが、今は、つくづく、北斎の生真面目な姿勢に感心 しきり という気持ちです。

清少納言の歌を聞いたその時、人が最もその目に見てみたいと思うもの、それは、支那(中国)の国の、函谷関、という関所なのではないか、

・・・と、北斎は、そんな風に考えたのではないでしょうか。

一見、この歌の絵が、異国の景色になっていて、逢坂の関も描かれていない、ということには、とても不可解な感じを抱きそうになるのですが、

絵というものは、そもそも、実際には見ることが出来ないものを描いて、人の好奇心を喜ばせることが出来るのだ、ということを承知しているのが、江戸時代の絵師というもので、北斎は、そういう精神を一生懸命、貫いていた、ということだったのではないのかと、そんな風な理解を持つと、不可解な感じは、一転して、ささやかな感動になります。


又、今一つ、江戸に暮らす北斎達には、公家や貴族、というのは、異国の世界と同じ位に、遠い未知の世界に居る人達だったのかなぁ、ということを思います。



何にしても、そんな江戸時代の人達こそ、今の私達には、かなり意外な人達だったのだ、と、そういう思いが、日々、募ります。
















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