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暗号としての花

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中央に神のような存在を、左右に、中央のものよりも小さな従者を置く という形式は、古代ギリシャ時代に既に、存在していた ー ー ー、

(2011/9/18,) の記事には、このように書いていますが、エジプトの ‘メムノンの巨像’ が、神殿の門に置かれた一対の像であると分かったことで、このような、神聖な建造物の形式の起源は、古代ギリシャ時代を更に遡って、エジプトに、既にあった、という認識に改められることになりました。

エジプトの、アメンホテプ3世期 は、紀元前1386-1349、とウィキペディアにあります。 又、トルコの古代遺跡は、紀元前7世紀-3世紀、とありますから、大雑把に言って、‘メムノンの巨像’(エジプト) と、‘アルテミス像’(トルコ) には、年数に於いて、600年〜1千年の隔たりがあります。

法隆寺の建立は、7世紀後半 - 8世紀初 と言われていますから、日本に、三尊像が出現したのは、‘アルテミス像’ より、又更に1千年以上が経ってから、ということになります。


神聖な建造物の型は、1千年毎の時を経て、東へ東へと伝播して行った・・・・という想像を抱くことが出来ると思います。



様々な想いや感慨が巡ります。

・・・・柿本人麻呂や額田王が、ピラミッドや西方の古代文明を示唆するものを歌に表したのは、おそらく、それがそうとは知らぬままに、そのような建造物を目の当たりにしていたからなのだと、思う。

・・・・山上憶良は、遣唐使の一員となって、唐で学んでいます。 聖徳太子も遣隋使を送り、大陸の文明に触れています。 法隆寺には、シルクロードを経由していることが明らかに分かる壁画やエンタシスの柱があります。

・・・・それ以前、古墳時代、弥生、縄文の文化の遺物にも、日本独自の形に混じって、エジプトや西方の文明にあるものが共有されています。


東に伝わって来たのか、それとも、西へ求めて行ったのか、はたまた、東西の地で、同じような文化が、ほぼ同時に生まれていたのか、



1千年という年月は、そういう疑問を、非常に曖昧にしてしまう、果てしない程の長さになってしまっています。










・・・・・・・



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『世界不思議発見』(9,10)
【エーゲ海から母なる大地へ 追跡!女神誕生の謎】

かつてエーゲ海や地中海に花開いた古代文明。そこにはミロのヴィーナスやエジプトの神イシスなど、美しい女神たちが数多く存在しました。中でもトルコの遺跡からは、個性溢れる姿の女神が続々と発見されているといいます。そこでミステリーハンター・岡田茉奈さんが訪れたのは、トルコのエーゲ海沿岸にあるエフェス。一時はギリシャやエジプトを凌ぐ勢いがあり、900年近く栄えたという巨大な古代都市です。この都で人々から最も崇められていたというのが、胸元にたくさんの球体を持ち、50近い動物に取り巻かれたミステリアスな女神アルテミス。しかもその女神こそがエフェス繁栄の鍵を握っていたというのです。古代文明と深く関っていた女神…、その女神誕生の秘密を探る旅へ!
          − − 番組HPより → http://www.tbs.co.jp/f-hakken/mystery1199_1.html


写真は、トルコ の エフェス という ところの、有名な 女神 アルテミス像 です。

放送では、比較的最近に発見された という、他の幾つかの ヴィーナス像 も紹介されていました。 この アルテミス像 もそうなのですが、この地で発掘される ヴィーナス像 には、左右に動物がついたものがありました。

  私は大変、興味深く思ったのです。

中央の人物を大きく、そして左右に何かを象徴する 小さな ものを配し、セットにしてつくられたもの、

それは日本で 現在も、神社の建築様式の定番の型として、よくみられるものです。 中央に神社の社、手前の左右に狛犬がいる、という、その 極めて ありふれた型、

ー ー ー この、ヴィーナス像は、そういう 日本の神社の型 をもってつくられているではありませんか。

 而も、放送されたものの中には、左右の犬のような動物の口が、阿吽 の形のように見える ヴィーナス像 さえ、あったのです。


私は以前に、何回か、この ‘神社の型’ と同じ型をもつものについて、記事を書いています。

「暗号としての花」 と題した記事で、「唐本御影」 という 聖徳太子の肖像画 (〜法隆寺の釈迦三尊像) について、→ http://blogs.yahoo.co.jp/mizunoene17/33648098.html, http://blogs.yahoo.co.jp/mizunoene17/33655697.html

「兄と弟」 と題して、左右のものは、中央の人を助けている、と解釈した記事 → http://blogs.yahoo.co.jp/mizunoene17/34046381.html

「横綱の土俵入り」 という記事 → http://blogs.yahoo.co.jp/mizunoene17/34372283.html


これらの記事には、‘神社の型’ という言い方をしているところはありません。 それは、左右のものが、狛犬 ではないからです。

私は、今も 神社には 狛犬がいるので、そういう ‘神社の型’ は、比較的新しい、例えば、江戸時代頃からの歴史をもつものなのだろうと、勝手に思い込んでいたと思います。

けれど、それは そうではありませんでした。


中央に神のような存在を、左右に、中央のものよりも小さな従者を置く という形式は、古代ギリシャ時代に既に、存在していたのです。




・・・・・・

以上は、2011/9/18、付けの記事、「エフェス (トルコ) の ヴィーナス像」 を再掲したものです。









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去る12日(日)、又、テレビ 「世界不思議発見」 を見ました。 エジプト です。

私は実際には行ったことがありませんが、エジプトの ‘メムノンの巨像’ というのは、本や何かで、聞いたり見たりしたことがあります。

写真は、ウィキペディアに載っているものです。 そして、次項は、その頁にある説明文の一部です。


元々は、背後に同王アメンホテプ3世の葬祭殿が控えており、その入口の部分であった。葬祭殿は第18王朝ファラオ・メルエンプタハが自身の葬祭殿の石材調達のため破壊した。


その ‘葬祭殿’ の想像図を、12日に見た番組では復元画像に映して放送していました。 それを見て、漸く、私が知ることが出来たことは、この二体の巨像は、‘葬祭殿’ の入り口の左右に置かれた、一対の像だったということです。

それ迄は、この二つの巨像が、入り口 〜 〜 即ち某かの建物の門の前の一対の像だという認識を持ったことはなく、広大なエジプトの、砂に埋もれた遺跡の中に、漠然と残った大きな石の像が、たまたま、二体、並んでいるもの、という風に思っていたのです。


一対、というのは、つまり、二つで一つ、ということです。 ‘メムノンの巨像’ は、元々、二体が揃えられて、わざわざ、そこに置かれる為につくられてあった、ということになります。


ところで、日本の神社の社の前には、必ず、左右一対の狛犬が居ます。 そして、その口は、阿吽 になっています。

又、日本では何故か、神社が寺であっても、門には、一対の、阿吽の仏像が置かれてあります。

中央に神、(・・・寺の時は、ご本尊)、そして、その左右に一対の、阿吽の形をした侍者が従う、という、神聖なものは、皆、そういう三者になっている、ということについては、前々から、幾度かこのブログに書いてきました。


一対になっている ‘メムノンの巨像’ の顔の部分は、残念ながら、壊れてしまっていて、不明ですが、ひょっとしたら、阿吽の形をしていたのではないだろうかと、私は思っています。

そうして、何ということでしょう、日本では現在迄、頑なに伝承されている神社の形、ー ー 神(社)の前には左右に狛犬を置く、ということが、既に、と言うか、元は、と言うか、・・・・紀元前のエジプトでなされていたことだった、のかもしれないのです。









・・・・・・・

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梅か桜か、

「難波津の歌」 に詠われている 「この花」 が、ウメかサクラか という議論があって、

歴史の流れの中で、どちらかに花が替わるということがあった、と ある学者は云います。

ならば、それは、中央 (帝) をたすける人が交替したということを表してはいないだろうか、ということを私はこの前書いたのですが、

紀貫之が古今和歌集 (905年) の序文に 「難波津の歌」 をしたためるよりも以前の宮廷で、丁度、そのような出来事として、多くの人が知る、歴史上有名な事柄があります。

「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」

この歌を詠み、無念のうちにこの世を去った 『菅原道真』 が、大宰府に左遷され、宮廷から身を引くことになったのは 延喜元年(901年) のことでした。

この歌に象徴されて、『菅原道真』 と云えば梅の花、梅の花 と云えば 『菅原道真』 というイメージが広く持たれています。

『菅原道真』 は、漢詩をよくこなしていました。何事も唐の文化を見習っていた当時の宮廷に於いて、その文化の優れた理解者だった彼こそは、そこに居なくてはならない存在であったのです。

中国伝来の梅は、唐風文化の栄えを象徴する花であった様で、

そういうことを踏まえて この歌をみてみると、

 そこ (京) に自分が居なくても、唐風の雅は、その庭に醸し出されよ、

という、『菅原道真』 の祈りが読み取れるかのようです。


けれども、彼が失墜すると瞬く間に、宮廷では国風文化の花が咲きほこって行きました。

〜 〜 〜 その歌の心を打ち砕くかのように、或いは、主が居なくなったことを悟ったかのように、御所に咲いていたと云われる梅の木は枯れて、後には桜の木 (左近の桜) が植えられました。


ウメなのかサクラなのか、という議論よりも、二つがどちらであるとも決め難い状態にあること、二つが時に交替して存在していたということ、そういうことに より 私は 想いを巡らせるものがあります。







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「十一面観音」 についての説明書きをウィキペディアから抜粋致します。

多くの十一面観音像は頭部正面に、阿弥陀如来の化仏(けぶつ)をいだき、頭上には仏面、菩薩面、瞋怒面(しんぬめん)、狗牙上出面(くげじょうしゅつめん)、大笑面など、人間の喜怒哀楽を表現した面を乗せ、右手を垂下し、左手には蓮華を生けた花瓶を持っている姿であることが多い。


奈良県桜井市の聖林寺に置かれてある 「十一面観音」 (国宝) です。

イメージ 1この 「十一面観音」 は、元は同じ桜井市の 『大神神社』
にあったものが、 明治時代の廃仏毀釈を逃れて、聖林寺に
移されたという風に伝えられています。
『大神神社』 と云えば、お山を御神体とする、日本に於いて
最も古い信仰の形式を残し 今尚、非常に神聖なる雰囲気を
孕む処です。
上記の文に、「十一面観音」 が人間の喜怒哀楽の面を乗せている、
とありますが、
人の数多 (あまた) の表情を全て映し、
どの様な時にもその威光を照らす、と言い換えてみると、
いつしか万能の力を擁している、と云っている様に
思えてきます。
それは、つまり万能の力を示す “神” であることに他ならないと
思います。
ですから、聖林寺にある 「十一面観音」 は、『大神神社』 の御神体を
観音様のお姿に変えたもの、
だと私には思えるのです。

そこで、‘多くは 蓮華を生けた花瓶を持つ’ という その左手を見ると、この 「十一面観音」 が持つ花瓶に挿してある花は、ところが蓮華ではない様に見えます。

大神神社の摂社の百合祭り について以前に書きましたが、

大三輪山には笹百合が自生し、珍しくもその花のお祭りが永く継承されており、この山に多くある岩と共に、その花は神と同様の神聖なものであると思います。

私には、この 「十一面観音」 が持っているのは、その百合と同じ球根類の花の チューリップ に見えるのですが、

 つまり、それは神の姿であることを暗示させている、と思うのです。

その姿といい、手にしている花といい、ですから、この 「十一面観音」 は、奈良時代には興っていたという神仏習合という考えの、その萌芽が現れている様に 感じられてきます。



「暗号としての花」 の意図すること、ー ー ー 私は、色々書いていて、二つずつあるものに関わっている、と云おうか、そうなってしまう、と云うべきか、この 「十一面観音」 の持つ花も、神と仏 という二つの信仰、そういうものを暗示して、そこにあると思われてなりません。






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