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民の命を使って、国の平和が守られる、そんな道理は無いと思います

百人一首姥がゑとき

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大和魂、

      「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」

幕末の志士、吉田松陰の、有名な ことば です。


私は、この ‘大和魂’ は、日本人魂、ということだと、何の疑いもなく、そう思っていました。

浦賀に黒船がやって来る前の江戸では、天皇は、人々にとっては全く未知の、絵にも見ることのない存在だったらしい、ということを、葛飾北斎の“百人一首姥がゑとき”で、私は理解に及びました。

国家、という観念を、江戸の庶民は持ち合わせてはおらず、又、自分達が暮らすこの世に、天皇は不在、でもあった、と思います。


吉田松陰が生まれた長州(山口)ではどうだったのか、ちょっと、今、それは分かりませんが、とにかく、おそらく、明治維新以前に、諸国の別を超えて、広く、日本人、という大きな、民族意識を持つ、という考え方は、けして、一般的ではなかったのではないか と、思います。

それでいながら、吉田松陰は、沢山勉強して、私達は、古代、神々によってつくられたこの、大和、という国に生きる、皆、同じ、一つの大和民族である、という考え方を得たのだと思います。

大和、という表現に、私は、古代国家、を連想します。 遥か昔、徳川の世となるずっと前、この国は神に代わって天皇が統治し、その下に生きる、私達は、皆、同じ、一つの国の民であった ー ー ー。


で、これは又、別の見方をすれば、おそらく、きっと、吉田松陰も、現実には、天皇を知らなかったのではないのかと、そういう風に思うのです。

幕末、本当に、京都御所に、天皇のご一家はおられたのでしょうか。

明治天皇は、孝明天皇の第二皇子 と、ウィキペディアにも出ています。 でも、明治維新に、現実に明治天皇が世に現れて、その時に、その人は、孝明天皇として記録されることになったのではないか、ー ー ー 、

いくらでも、考えることは出来ると思います。 とにかく、幕末以前は、天皇は、人の観念の中にのみ、存在していたのです。










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記事再掲、「古事記の不思議」 (2015/7/21)


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古事記 上つ巻 は、“や雲立つ 出雲八重垣”、という、須佐の男の命の歌に始まり、山幸彦の歌う “奥つ鳥 鴨著 (ど) く 島に”、で終わります。

出雲、ーー島根県、ですが、嘗て、中国地方一帯は、毛利氏の領土でした。 毛利氏、と言えば、長州、です。 又、「鴨著 (ど) く 島(かもどくしま)」、というのは、鹿児島 のこと、です。

日本の国が天皇が治める国となる以前、神々が居た時、その物語の舞台は、出雲・・・長州 や、薩摩、だった、

・・・・私は、かねがね、不思議な感じを抱いているのですが、明治維新という新しい国にこの日本が生まれ変わった時の、その立役者達は、長州(山口県)と、薩摩(鹿児島県)の出身者達でした。


明治維新の背景には、何か、古事記の物語を彷彿とさせるものがあるのです。

古事記 上つ巻 は、天皇がこの国を治めるより前の物語です。

幕末に、薩長が連合軍をつくって動乱の日本を鎮め、そして彼等は、その新しい日本の権力の頂点に天皇を戴いて、この国の政治の形をつくった、という流れは、本当に、古事記 中つ巻 の天皇の登場の前に、上つ巻 の、神々の物語があることに当て嵌まるような感じがします。


これは、日本の運命、というようなことなのでしょうか。


古事記が書かれたのは八世紀ですが、その時に、十世紀も先の国の有様が、予見されていた、ということなのでしょうか。 或いは又、やはり、歴史は繰り返される、という、只、そういうことであるのでしょうか。











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疑いを広げる

明治維新に、日本は天皇主権の国に変わりました。

近畿にある、歴代天皇の墓所〜古墳は、皆、明治維新に指定されたのです。

記紀に記載があるから、その古墳が、例えば仁徳天皇の墓である、ということは、記紀の時代から定まっていたこと・・・と、そう、思い込みがちになりますが、

実は、そうではなく、そのように定められたのは、明治以降、なのです。 又、歴代の天皇稜が全て、近畿の古墳になっている訳ですが、ですから、それも、真実、ということではないのです。

明治政府の思惑が入っている、ということです。


江戸(東京)の人々にとって、天皇は、この世にふってわいて出てきた、未知の存在だった、ー ー という気付きが、天皇稜として祀られている古墳への不信感や疑惑が、けして、筋違いなものではない、という考えを、もたらすことになりました。


〜 〜 〜 かねがね思うことがあった、記紀の記載には、明治以降の近代に、改竄や追記のようなことがされているのではないか、という、疑念も、今、私は、妥当な考え方だと、思っています。



今日、私達が知る古代の神々や天皇のことは、一度、明治期の政府の思惑の干渉が。きっと、入っているのです。









疑いは消えない、

1853年に、浦賀に黒船がやってきてから(僅か)15年で、日本は大きく変わりました。 徳川幕府から天皇へ、この国の支配者も変わりました。

江戸城は、天皇の居城となり、そして又、江戸は東京という名に変わり、江戸城は宮城と呼ばれるようになったのです。

・・・・が、東京には、江戸に生まれ育ち、江戸より他の地のことを知らず、徳川を知ってはいても、天皇は知らない、15年前の世の中が骨の髄まで浸透している庶民(国民)が、大勢居たと、私は思います。


皇国史観、という概念を、明治の新政府は、国民に教育して行きました。

古事記、日本書紀 は、天皇が主役で書かれてあります。 記紀は、日本の歴史の原書のような存在価値を持つようにもなりました。

今日では、全国中に、徳川の治政を知る者は居ません。 半面、天皇を知らない人が居た、などということを、想像する人は、誰も居ないのです。


私も、葛飾北斎の“百人一首姥がゑとき”を見る迄は、明治維新前の、そんな世の中を想像することはありませんでした。


私自身は、古事記を読むのが好きで、この国を最初に治めたのは 神武天皇 ということを、疑おうという気持ちも、全然、ありませんが、

でも、正直なところ、その神武天皇の血統が、凡そ250年間、江戸の人々にすっかり忘却されていた間も、ずっと続いていた と、やみくもに信じるのは、とても、無理なことです。


京都御所では、謁見する人は、足元しか見ることが出来なかった、という、その御簾の向こうに居るのが、本当に天皇であるのかどうか、・・・子供であるかもしれない、女であるかもしれない、人形であるかもしれない、疑えば切りがない訳です。

ですから、疑う、ということを、その後、日本の政府は禁じてしまいました。



私は只、本当のことが知りたいという思いで、色々、考える。 その自由な考えが制圧される、という、嘗ての、軍国主義の時代こそが、やっぱり、一番、怖ろしく思います。











幕末以前に生きた、江戸人、葛飾北斎の “百人一首姥がゑとき” を見る限り、おそらく、江戸時代の江戸の人々は、天皇や公家・・・明治維新後に、日本の為政者、国の中心人物となった人々のことは、全く、知らなかったと、思われます。


紀貫之の歌の、‘人のこころ’ を知らない者は、武士 である、として、絵の中のその武士は、後姿で描かれていて、顔(表情)が分かりません。

多分、庶民の日常に於いては、武士の存在は薄いものだったのではないかと、私は推察します。 士農工商 という、江戸時代の身分制度がありますが、その、身分の違う者達は、互いに通じることが、あまりなかったのではないだろうか、とも思うのです。

明治維新前夜の、15年間の幕末の話しというと、実際の江戸の民衆には、それ迄、殆ど関わりも何もなかった、武士や朝廷の面々がもっぱらに登場してきます。


今日知る、幕末〜明治維新の出来事や国の動きは、それ迄の一般の人々にとっては、悉く、概念の外の出来事だったのではないのでしょうか。


ですから、遠回りな話し方になりましたが、明治になって、京から、天皇がやってきて、江戸城に住まうようになりましたが、

その天皇、という人は、江戸の人々にとっては、全く、知らない人、だった ー ー ー のではないのか と、私は思うのです。


世の中が変わって、丁度、前の天皇が死に、新しい天皇が即位して、京(みやこ)も遷された、〜 〜 〜 全く、出来過ぎな話しではありませんか。

・・・・天皇、という人が、ホントか嘘か、分かったものではない、と、ふつう、誰だって、そう思うと思います。


ホントは信じちゃいないけれど、でも、その人は、とても偉い人だから、偉い人のことは、滅多には口にはしないよ、

ー ー ー そうやって、ドサクサのように、世の中は、あっという間に、ガラリと変わってしまった、のです。












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