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昨日は、プロ野球で、ジャイアンツが6連敗となった日でした。 エース菅野は、たったの1失点で、負け投手となった、・・・まったく、情けなく惨めな試合でした。
ー ー ー で、米国大統領の広島での演説は、私は、ちゃんと聞かずに寝てしまいました。 今朝になって、断片的に、その演説の台詞の幾つかを知りました。
演説は、我が国の被爆者の心をも癒し、救う程に、・・・とても良く出来たもの、だったのですね、
ー ー ー 耳に優しい、いつか、どこかで聞いたことがあるような、そんな詩的な文句から始まる米国、現職大統領の演説。
その、どの部分が、ということは、今、適切に指摘することが出来ませんが、私は、そのとても良い演説が、キューバ危機を乗り越えた後の、あのケネディ大統領の、「平和のための戦略(THE STRATEGY OF PEACE)」、という演説の内容の上書きになっている と、そう感じて、正直、今、不快な気分、なのです。
核兵器のない世界を追求し続ける・・・嘗て、ケネディ大統領の下した英断を、米国はこれからも支持し続けよう、という、そういう意味では、この度の演説が、「平和のための戦略(THE STRATEGY OF PEACE)」の上書きであることは、むしろ、米国にとっては、けして間違いでも何でもない、極めて妥当なもの、と考えられるかもしれない、
私が拘るのは、その、ケネディ大統領の「平和のための戦略(THE STRATEGY OF PEACE)」というのは、昭和天皇の、昭和20年の おことば に学んだものであり、ですから、その二番煎じを、どうして、日本人が、頭を垂れて聞かなければいけないのか、ー ー ー ということ なのです。
以下に、又、過去記事を再掲致します。
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母が ある日、云いました。
− − 人類の滅亡を憂いて、朕は、(ポツダム) 宣言を受諾する、 と、天皇陛下はおっしゃった、
人類の滅亡、というのは当然昭和20年の、原爆の攻撃が更に続けられた場合のことを指しています。
そして、おっしゃった、というのは、その年の8月15日の玉音放送のことです。
一応、母の記憶に残るその、(おそらく新聞に載った)、原稿の部分を下に載せておきます。
而(しか)も尚交戰を継続せむか終に我か民族の滅亡を招來するのみならす延て人類の文明をも
破却すへし
斯の如くは朕何を以てか億兆の赤子を保し皇祖皇宗の神霊に謝せむや是れ朕か帝國政府をして
共同宣言に応せしむるに至れる所以なり
私は、人類の滅亡を憂いて、というそのことばに、はたと思うものがありました。
『キューバ危機』、と呼ばれている有名な大事件が、日本に原爆を落とした国 アメリカで勃発したのは、昭和37年のことでした。
時のアメリカの大統領は、今なお英雄として多くのアメリカ国民に慕われているジョン・F・ケネディ、でしたが、彼の英断により、ワシントンは、あわや核ミサイルの攻撃を受ける危難を回避したのでした。
もしも、アメリカとソ連との核戦争が起こってしまったら、私達の住む地球は荒廃し、全てが滅亡してしまう、即ち、憂うべき 人類の滅亡 が起こる、− − − 、その様なことを想像し、ケネディ大統領は、世界市場に於いてソ連よりも有利に立ち、世界一強大な国になる為の、武力による攻撃から一切撤退する決断をその時に下したのでした。
キューバがワシントンに向けていた、その核ミサイルの照準を一斉に外したその翌日に、苦悩し、危機を乗り越えたケネディ大統領が行った「平和のための戦略(THE STRATEGY OF PEACE)」という演説は、アメリカ国民ならず、世界中の人々の心を打ったのです。
その演説の、人々を感動させたフレーズは、
生まれてくる子供達の為に、この地球を残さなければいけない、平和を守ることこそ勇気を持って遂行されなければいけない、
ー ー ー と、そういう様なことでした。
そのケネディ大統領の決断と、昭和20年の天皇陛下の決断は、全く同じです。
私は、アメリカ自身が二つの原爆を日本に投下した時の、昭和天皇のその決断を導いた苦悩を、アメリカは学習していたのだと、母の玉音放送の記憶を聞いた時に、悟った様な気がしたのです。
私は、昨日まで知らなかったのですが、
広島の原爆記念公園に建つ記念碑には、オフコースの、“生まれ来る子供達のために”、の歌の歌詞が刻まれてあるそうですが、
オフコースの小田和正さんは、ケネディ大統領のこの「平和のための戦略(THE STRATEGY OF PEACE)」という演説を知って、この歌を作った、とラジオで云っているのを聴いたことがあります。
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