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暗殺

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一人の人間の身に降りかかった禍が、歴史の流れの一投の石となってしまうことがあります。
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消えていったヒーロー

いつの時代の 人の心 の うち にも、人の 英雄的 な 死 を汲み取る感性はある ー ー ー 私はそう思います。

けれど、夏目漱石が生きた明治時代の文学界では、当時、自然文学 というものが流行していて、非現実的で仮想的であるように捉えられる、ので、 ‘英雄’ が描かれることはありませんでした。(〜 そのように「文芸とヒロイック」に 書かれてあります)。

宮沢賢治 (明治29ー昭和8) の “グスコーブドリの伝記” が、雑誌『児童文学』第2号に載ったのは、1932年 (昭和7年) 4月 である と、ウィキペディアに出ています。

自然文学が持て囃された時も過ぎ、それは純文学ではない、童話 である訳でもありますが、主人公 “ブドリ” の死は、英雄的な死 です。

私自身は、この物語を読んだ時、非常な感銘を受けました。けして、忘れません。  その感動は、永久に不滅 ー ー と 映画の宣伝文句にあるような表現をしたくなるようなものなのですが、

実際に、ハリウッド映画の中に “ブドリ” を描いたと認識されるものがあります。

 “ブドリ” を演じたのはブルース・ウイルス、そして その映画のタイトルは 「アルマゲドン」、大ヒット映画です。


日本には唯一無二、万世一系を継承する天皇がいて、その存続こそは、永遠に、最も堅固に守られていかなければならないこと、それは、王政復古の大号令を発して誕生した明治維新の政府の真髄でしたから、革命も日本では有り得ないこととされ、又、社会を一新させてしまうような、時代のヒーローが現れることも、否定されてしまいました。

幕末〜維新にかけて、実際、英雄的な死を遂げた人物は幾人もいながら、その殆ど、否、全てが汚名を着せられて記録されています。(その、代表格は西郷隆盛ではないでしょうか)。

 坂本龍馬のように、何者か分からない者に暗殺された、と、不明瞭なままのものもあります。

明治時代はそのように、維新を開いた新政府によって、その後、昭和の戦後には、アメリカによって、日本のヒーロー達は姿を消されてしまいました。

佐久間艇長も、グスコーブドリも、記述が削除されたり、否定されたりしていることがウィキペディアにも書かれてあります。

時代が新しくなる度に、消えていくヒーローが日本にはいるのです。

ヒーローのいないその日本は、私の観念にある日本ではありません。

消えていった彼等の数だけ、日本は誇りを喪失している と、やはり考えないわけにはいきません。






夏目漱石の「文芸とヒロイック」については、色々と思うことがあって、それを整理しながら一々文章にして行くことは、今は、何か 面倒臭い気持ちです。 ー ー ー 思い付き次第でやっていくことにします。

明治43年 (1910年) 4月15日、山口県新湊沖にて、帝国海軍の 第六潜水艇 は 半潜航訓練中に沈没事故を起こし、佐久間艇長と14名の乗員は敢無くそこで命を落しました。殉職です。

彼等の、差し迫った 自らの死に怯むことなく、各自 職務を使命と銘じて、最期まで全うしようとしていた姿を、夏目漱石はヒロイックだと感じ入ったのです。

現代では、訓練中の事故死など けして あってはならないこと という認識があり、それを指してヒロイック ー 英雄的 であると、公の場で声を上げる人はいません。

夏目漱石が生きた明治時代でも、「文芸とヒロイック」 に著されてあるように、‘ヒロイック’ は、一般的に認められ難いものとなっていました。

が、心情的には、私にも、彼等の死は英雄的だと感じた夏目漱石の気持ちがよく分かります。

社会上の通念の方が、明治以来、人の心に沿うものではなくなっているのではないでしょうか。


ところで、この 佐久間艇長と14名の乗員は、帝国海軍の人でした。 海軍 の前身は幕末に勝海舟が神戸に開いた海軍操練所です。

勝海舟は坂本龍馬に多大な影響を及ぼした人であり、そして、江戸幕府が海軍操練所を閉鎖した後に、坂本龍馬はそれを引き継いで海援隊を作りました。

明治時代の海軍に直結しているのは、坂本龍馬の海援隊だった、とは云えないでしょうか。

つまり、私は、佐久間艇長と14名の乗員の行いのバックボーンに、坂本龍馬の精神が生きているような気がするのです。

明治時代に於いては、社会通念上認められ難いものとなっていた 英雄の姿と、坂本龍馬の暗殺が未解決事件として非常に分かり難い状態になっていることとは、何処か、同じ根のようなものがあるのを感じています。

そして、明治時代にも夏目漱石がいたように、現代でも、否、いつの時代でも、人の心のうちには、人の英雄的な死を汲み取る感性はあるのです。





夏目漱石の 「文芸とヒロイック」 という一文は、明治43年 (1910年) 4月15日、山口県新湊沖で、帝国海軍の 第六潜水艇 の 半潜航訓練中での沈没事故が起き、その際に、14名の乗員とともに殉職した佐久間艇長が したためた ‘遺書’ がその後発見され、それを 漱石 が読み、そして、書かれたものです。

漱石は、それを読んで、ことばにならない程の感銘を受けたのだ、ということは、その文を読み終わってから、しみじみ感じ取れます。

が、その書き出しのところは、漱石の心にあるものとは遥かに遠回りな、或いは、ぼんやりとしてみえにくい、読み手はその文に気をそそられ難い印象を抱くようであると、私には思えます。

そこには、ヒロイックを指して、滅多にない、軽蔑する、(自然派は) 描くことを 憚り恐れる、〜 〜 などと書いているのです。

何故、心の内にある感動をそれに相応しいような溌溂として強いことばをもって書こうとしないのでしょうか。

それが、苦悩する作家のスタイルだといってしまえば、それまでのことですが、私は、それは、そういう個人の趣味の問題ではなくて、その時代を背景にして為ったスタイルであると思えてなりません。

ヒロイックというものは、『常人さへ唾棄(〔だき〕)して顧みなくなつた(従つて存在の権利を失つた)沢山のもの』、のうちの一つである と、そこに書かれてありますが、私は、そう書かれてあることが、つまり、その時代をそのままに言い表していることなのだと思うのです。

私は、正直なところ、日本に革命はない という考えが公然の観念として蔓延り、ヒロイックという認識が存在の権利を失っていた時代が、この日本にあったことは、信じ難く思っていますが、

現実に、明治の日本人は皆そういう観念だった という認識がなければ、漱石の書いた‘文芸とヒロイック’を素直に読むことは出来なくなるのです。


ー ー ー 革命のない国、そして、ヒーローを消失させてしまった国、それが、明治以来の日本です。


坂本龍馬が死んでまもなく明治になったのです。 坂本龍馬が時代のヒーローだったのだとすれば、新しい明治という時代が、彼の存在を隠蔽してしまったのです。








幕末 (19世紀) の大混乱の政情を制して、明治維新を打ち立てた新政府は、これ以降、政権を揺るがす争いが起こることを嫌って、政府の考え (天皇親政) と矛盾するような 論争や社会思想の類を悉く消去する、− − 否定する体制をとりました。

天皇親政、という世の中では、日本という国が誕生して以来、天皇以外にこの国に、よもや 革命 などをおこして 時代のヒーローとなり得た者が現れたことはない ー ー ー ,

そんな明治時代の考え方も、昭和の大戦の後の社会の変革によって、今や誰も殆ど知らないことになってしまいましたが、

明治以降に生まれた日本人には、お陰で、英雄的な行為について冷笑的であったり、鈍感であるようなところがあると、私は思います。

その ヒーローに対する感じ方というものは、維新以前の日本人と以後の日本人の認識の違いの一つに当たるのではないでしょうか。

例えば、元禄時代の赤穂浪士の仇討ち事件についてみてみると、浪士が徒党を組んで幕府の役付きの人物を襲うという、とんでもない犯罪事件を、江戸の庶民は 仇討ち と云って持て囃し、又、そういう風潮を時の為政者達は、全く 取り締まるということをしませんでした。

昔の人は、下 (浪士) の者が、お上の人間をやっつけることを、英雄的行為 と、感じとっていたのです。

私は、今の人々には、その感覚はない と、思っています。 反社会的行為、そんな風な言い方をして、全否定してしまうのです。


話しが遠回りになってしまっていますが、幕末の志士 坂本龍馬 が、革命児として描かれていないのは、それは、彼が明治時代以降に有名になった人だからだと、私は考えます。

明治時代に書かれたもので、実は、その ‘ヒロイズム’ を取り上げた、有名な随筆があります。

夏目漱石の‘文芸とヒロイック’です。

 ネットでも読むことが出来ます。→ http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/4685_9480.html


これを 私も読んで、又後日、記事を更新しようと思います。






ー ー ー 日本では、有史以来革命が起こったことがないとされている。政権の交代はしばしば発生したが、天皇の家系もしくは天皇の臣下(征夷大将軍や関白)という形式を崩さなかったからである。江戸時代の山崎闇斎(『泰山集』)や水戸学の藤田東湖(『弘道館記述義』)のように、日本は天照大神以来の万世一系の皇統を持つ唯一無二の国家であるとして、易姓革命を否定して国粋主義を高揚させる逆説的な論理で用いられることもあった。ただし、クーデターの類とされるものは多数起きており、その中には他国の革命に相当するほどの劇的な政治体制の変化が起きたこともある(壬申の乱など)。
ー ー ー ー ー ー
いずれにせよ、近代の訳語としての「革命」に対して、明治維新で成立した大日本帝国政府は徹底的な弾圧を行った。大逆事件に見られるごとく、テロの準備と実行、政府への批判、なかんずく過激な民主主義や共和制を主張する者を「天皇への敵」として烈しく弾圧した。
 (ウィキペディア より)

私は、幕末の志士 坂本龍馬 が抱いていた野望は、この国に革命を起こそうというものだったのではないか と、思えるのです。

革命を成功させた者は、その新しい世にあっては ヒーロー です。

革命など起こったこともなく、有史以来、平和を維持してきた世界でも珍しく気高い国、そういう歴史上の建前を掲げる我が日本ですが、その、この国の歴史を綴る 「古事記」 の中には、ヒーロー と呼ぶべき者が存在します。

神武天皇 や ヤマトタケル などは、この国が新しく変わる、その激動の時に登場してきます。

彼等の戦う姿をヒーローとしてみる時、この国が、例えば武士の世に変わった時 (平安時代〜鎌倉時代)、後醍醐天皇が吉野で政治を執った時、群雄割拠の時代となった時、そして、幕末、その折々に、この国には、ヒーロー は現れている と、私は思います。


私は、有史以来、この国に於いても革命はあった、と思うのです。 それが なくなってしまったのは、明治維新の新政府の考えの下により、ない ということになってしまっただけ なのです。


ー ー ー その変な国民意識は、いつか、ヒーロー に対して、鈍い反応をするようにさせてしまっている とも思います。


私達は、ヒーロー をみつける心を 少し 失ってしまっているのではないでしょうか。






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