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バイサイド(運用会社)における運用業務フローのいかなる面、どのような形態において、AI活用は最も貢献する可能性を持つと考えるか?
 (和泉さんのお話にもあったように)AIが得意なのは、過去に何度も繰り返し起きた現象の中からパターンをすばやく見つけ出すことです。逆に言えば、文章の意味を理解したり、世界経済の大きな流れの本質を理解したりすることは苦手です。人間とAIでは全く難しいこと・簡単なことが異なるのです。
 これはルールが厳密に決まっていて繰り返し練習できる囲碁では世界チャンピョンに勝てても、文章の意味を理解する必要があり未知の問題に対応しなければならない大学入試では、東京大学に全く通りそうにないことからも分かると思います。
 なので、大量の板情報を学習して短期売買したり、ニュースに出てくる単語にいち早く反応したり、板情報を瞬時に把握する必要がある執行アルゴリズムの性能向上などは得意です。一方で、複数のニュースを有機的に結びつけて意味を理解したり、過去数回しかおきたことがない長期的な流れを読んだりすることはできません。そのため、バイサイドにおいてのAIの活用は、かつて新人がやっていたような、ひたすら保有銘柄の記事を探すとか、板をずっと張り付いて見ていないと出来ない執行などに、AIを使った自動化の最大のニーズがあると考えられます。これらは、バイサイドにおいてもっとも主流の投資である、企業価値を測定して投資するというファンダメンタル投資からすれば、やや周辺業務にあたるかと思います。
 特に近年、調査にかかわる文章の量が莫大に増えたうえ、すばやく処理する必要が増しました。ファンドマネージャーが、保有する銘柄に関係するニュースを探すだけでも大変な状況です。そのため、文章の要約はもちろん、直接は記載されていないが関連する銘柄の抽出、分類するなどのAI技術は有用です。新人アナリストがひたすら新聞をすみずみまで読んで先輩に報告するような仕事がAIに置き換わるイメージです。実は、新聞社側も大量の記事を書く時代に対応するため、例えば日経新聞は既に一部の記事をAIに書かせています。AIが書いた記事をAIが読み、AIが整理した情報だけを人間が読むという時代は、もう始まりつつあるのです。
 あとは短期売買ですね。バイサイドの場合だと執行アルゴリズムの性能向上が中心と思います。各証券会社が提供する執行アルゴリズムのうちいくつかは既にAIが搭載され、執行コストの削減を目指しています。
 これらの業務はファンダメンタル調査からすれば周辺業務なので、バイサイドが自社で開発するというよりは、情報ベンダーやシステム会社、証券会社が開発の中心となり、バイサイドはそれらのサービスからいいものを選んで使う、というのが主流となると思います。もちろん自社開発するバイサイドも出てくるでしょう。しかし、かつて、執行アルゴリズムが普及し始めたときに、自社開発を始め、その後も継続したバイサイドは多くないことを考えると、AIも自社開発はそこまで行われないと考えています。
 
AI活用が、マーケットマイクロストラクチャー(市場ボラティリーティー)や、市場のシステムリスク(AI暴走等)に与える影響についてどう考えるか?
 コンピューターが自動的に取引を行うことは、30年くらい前から行われていることであり、プログラム売買、アルリズム取引、HFT(高頻度取引)、AI、と名前を変えつつも、暴走による懸念が語られ続けています。1987年のブラックマンデーもプログラム取引が原因だと悪者扱いされたわけです。最近の新聞記事でも、とある銘柄で価格が乱高下した原因としてAIの取引があるのではないかと書かれていましたが、そのAIの部分をHFTに変えれば、ああ、2年くらい前によくあった記事だなぁと感じるわけです。きっとAIの部分をプログラム取引に変えれば30年前に現役だった人には懐かしい感じがする記事になるでしょう。すなわち、本質的なところは30年も前から議論され、各種規制が手当てされてきたということです。
 むしろこれまでの自動取引より、ニュースの記事の中身を見るようになるなど、賢くなるわけですから、明らかに人間の判断と逆の取引になだれこみ、混乱させることは減るのではないかと思います。たとえば、2015年12月に日本銀行が金融緩和の「補完」処置を発表した時、文章の意味が理解できる人間なら大きな決定ではないことがわかるわけですが、機械の場合、いつもと違う発表、イコール、ポジティブニュースと判断して、買い材料にしてしまいました。実際、この発表があった瞬間は大きく市場は上昇し、人間の判断が入り始めた数十分後から下落、その後乱高下したわけです。ここで機械はチューニングされ、いつもと違う発表はポジティブとは限らないとインプットされたため、翌月のマイナス金利の発表で、同じく乱高下をすることになったのではないかとも考えてしまうわけです。
 いずれにせよ、このような自動売買が文章の中身を見るようになれば、「補完」で先走って買ってしまい、乱高下を招くことはなくなるのでは、と思います。
 
AI活用を巡り、今後の金融規制の方向性をどう考えるか?
 特にAIだからといって特別な対応は必要ないと考えています。公正な取引をするか不正な取引をするかと、人間かAIかは、直接は関係ありません。公正に取引をする人間もいれば不正な取引をする人間もいますし、公正に取引をするAIもあれば不正な取引をするAIもいます。
 ただ、これはHFTの議論とも同じなのですが、判断が速くなるということと、日本にだれも在住しなくても不正な取引が行えるという2点は注意が必要です。
 HFTに関しては、この2点に関して金融庁の方と議論させていただいたことがあり、特に、後者の、当局の検査がおよばない人たちが不正取引の主役になる可能性を指摘させていただきました。
 すなわち、外国人が書いたプログラムをコロケーションで実行し、プログラム作成にかかわった人たちが誰も日本にいない場合でも、当局が検査できる体制を確保すべきと思います。現在の金融審での議論は、ある程度これを考慮した結論を出していると思います。日本に事務所をまったくおかない主体がコロケーションから自動的に大量の注文をだす場合は、日本で検査対象となる、証券会社などに問い合わせ窓口を代行してもらうことなどを義務付けるなどが検討されています。
 前者の判断が速くなることに関しては、投機的な乱高下が短時間化する恐れがあるということです。ストップ高ストップ安および特別気配のような値幅制限で、もっと短い時間で対応できる値幅制限があれば対応できると考えられます。東証ではすでに20159月に連続約定気配に"60"という条件を追加して、対応済みと考えられます。なので、日本の株式に限れば前者の問題はもうないかなと思います。
 そういう意味では、現在、金融庁や東証が進めている対策が完成すれば、そこからさらに追加でなにか必要だとは、個人的は考えていません。
 
今後、金融市場へのAI活用が、市場参加者のベネフィットになるべく、どのような取り組み、方向性を目指すべきか意見を述べて欲しい
 まず、規制・制度をよりよくし、マーケットが、ファンダメンタル価値の発見の場としてさらに効率化することが、もっとも社会にとって重要だと思います。そのためには、人工市場シミュレーションによる規制・制度の調査が最も期待される分野だと思います。これまで規制・制度の議論は、科学的な分析に基づかない、定性的・直感的で、場合によっては感情的な議論のみが行われ、導入した後にかえって投機的な価格形成になってしまうなどの副作用を発見し、導入したものを廃止するといったことが繰り返される場合もありました。投機的な価格形成しかしないマーケットは、投資家から敬遠されます。特に外国人投資家が安心して日本株に投資できるかどうかは、これが最も重要といえるでしょう。我々バイサイドにとってもファンダメンタル価値の発見の場として効率化することが、ファンダメンタル投資の有効性の向上につながりますし、世界の投資家をよびこむことにつながります。もっと言えば、世界の富がさらに投資に向かうことにつながります。人工市場シミュレーションには大きな期待をしています。
 また、それ以上に、まじめな投資家が不正な取引の被害をこうむらない信頼されるマーケットになることが重要です。AIは不正な取引の検知こそ、もっとも得意な分野です。大量の取引データや莫大なインターネット上の文章の中から不正の可能性があるものをスクリーニングする、そういうのが、AIがもっとも力を発揮する分野です。我々バイサイドとしても信頼されるマーケットであることが、投資を行う大前提ですので、この分野に大きな期待を寄せています。最近、数十年もの間活動をしてきた仕手筋が相次いで検挙されたのは、AIを使った捜査技術の発展と無関係ではないと思います。さらに信頼されるマーケットを目指して、不正取引の検知の研究・技術開発が進むことを願っています。
 このようにバイサイドとしましては、安心してファンダメンタル投資を行える環境づくり、ファンダメンタル投資こそが投資であるというマーケットになるために、AIが活躍することを大いに期待しています。

(おまけ)人工市場とは何か?(自己紹介的な)
 人工市場とは、計算機上に人工的に作られた架空の市場です。架空の投資家であるエージェントと架空の取引所である価格決定メカニズムから構成されています。実データが全く必要ない完全なコンピュータシミュレーションであることが特徴です。さて、金融市場における規制・制度を実証分析だけで議論するには大きな困難があります。導入したことがない規制・制度は、実証データが全くないため、当然議論できません。また、価格形成にはさまざまな要因が複雑に関わっているため、規制・制度の効果だけを取り出すのが困難です。しかし、人工市場なら、これまでに導入されたことがない規制・制度も議論できますし、その純粋な影響も抽出できます。実証分析は当然、過去起きた現象を分析します。逆に言えば過去起きたことを分析していることが保障されています。一方、人工市場は過去起きたことはないがこれから起こる現象を分析できるのが長所です。しかし、過去にも未来にも起き得ない現象を出力する恐れがあるのが短所です。そのため、人工市場は、規制・制度の変更でどのような変化が起こりえるか?ありえる副作用を見つけて議論に役立てる、コロンブスのたまご的な気付きを得るのが良い使い方です。JPXワーキングペーパーには多くの人工市場研究が掲載されています。また、人工知能学会 金融情報学研究会では、多くの人工市場研究が発表されています。人工市場はこれまでこちらに示すような多くの議論に貢献をしました。特に、賛否両論あるとは思いますが、東証の呼び値の刻みの縮小には大きな貢献をしました。Natureと並んで権威のある学術誌であるSCIENCEに、人工市場の今後の展開が述べられていまして、金融政策の検討や金融危機のリアルタイム監視に貢献するだろうと述べられています。

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