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江戸時代以前から隣同士の武川と白州は、特に白州駒城地域と武川村柳沢地域は一体で、かっては同じ行政区であった。幾多の変遷を繰り返して現在に至っている。今後はひとつの町となる可能性が強い。




《各村の状況》
・鳳来村三カ村合併の線で努力してきたが、一部に異論があって協議会の設立が遅れた。しかし、過日村議会の議決を了した。
・菅原村片颪部落との合併は、三ヵ村合併と同時に境界を確定して合併したい。たお武川村が四ヵ村合併を申入れた場合、菅際村としては原則的に賛成する。ただし、鳳来村の事情も考慮し対処してゆきたい。
・駒城村昨年末三ヵ村合併の基本線で協議会の設置を議決し、この方針に賛成ではあるが、村内の一部に四ヵ村合併の声があるので、できうれば四ヵ村合併案も促進願えれば、村内事情の調整が図れる。

《協議決定事項》
一、三ヵ村合併の基本線に沿って協議会を設立推進する。
二、武川村を含めての四ヵ村合併問題については各村の事情を調整し、ともども四カ村合併を可能ならしめるよう努力する。
《役員の選出》
会長、古屋五郎
副会長中山敏雄、中山資一、名取敏、伏見薫治、駒井七郎
《事務所の設置》
菅原村役場内に置く
設立年月日、昭和三十年四月十七日とする。
こうして三ヵ村合併促進協議会が正式に発足したので「あとは一気呵成かと思われたが、これがまたなかなか動かない。なぜかというと、駒城村の柳沢問題が容易に収らないからだ。このままの状態を放置すれば、合併協議はいつ進行するか見込みがたたないということで、急きょ鳳来、菅原のニカ村懇談会を開くごとにたった。

《町村合併に関する鳳来、菅原ニカ村懇談会》
一、日時昭和三十年五月二十三日午後四時より
二、場所鳳来村役場
三、出席老鳳来、菅原の促進協議会委員

◎菅原村長よりの経過説明
既に三ヵ村協議会が発足し、向う三ヵ月以内に合併を達成しようということで努力している。しかるに駒城村に柳沢間題があって進展しない。その後駒城村は武川村と交渉したところ、武川村は単村でゆくことを主張した。柳沢の間題は一集落の問題で、三ヵ村合併の基本方針になんら影響するものではないと思う。合併をするなら七月一日を目途としたいが、柳沢はあくまで四ヵ村合併を主張している。三ヵ村合併に見込みがないたら協議会は解散するしかないが、今後の協議会に臨む態度を二カ村でじっくり相談したい。
○鳳来地区委員より塞言
駒城村長より二十五日に村協議会を開催して緒論を出すので、二十七日まで待ってくれとの連絡があった。
鳳来村の立場からすれば、四ヵ村合併案には賛成できない。三ヵ村合併の線で進んできたのであるから、感情的になるわけではないが、見方からすれぱ最早猶予の段階ではない。三ヵ村がだめなら鳳来、菅原の二カ村合併をするという断固たる決意で臨みたい。
こうした膠着状態を打開する道をめぐって、各委員からそれぞれ意見が出されたが、強い意志の表明は、三ヵ村合併を推進する駒城村の立場を逆に応援することにもなるとして次のように決議した。
《決議文》
一、駒城村の返事は二十七日まで待つが、以後は遅延できない。遷延する場合は協議会を解散する。
二、三ヵ村合併が不可能の場合は、直ちに鳳来、菅原の二ヵ村合併を推進する。
《第二回三ヵ村合併促進協議会開催》
一、日時昭和三十年五月二十八日午後一時四十分より
二、場所菅原村役場
三、出席者合併促進協議会委員(ただし駒城村柳沢地区選出委員欠席)地方事務所係官(歌田主事)
●駒城村の状況説明(駒城村長)
三ヵ村合併に関する単村の会合を開いたところ、下部浸透が不充分ということで、再度会合を重ねて下部の意見をきいた。それによると横手、大坊地区は三ヵ村合併後において四ヵ村の合併を図るべしとしたが、柳沢地区はあくまでも四ヵ村合併を主張している。
こうした状況について、各委員から次カと左のような発言があった。
・駒城村長に対し、柳沢地区を除いても三ヵ村合併を推進するか。
・武川村議会の意向が当分単村でゆくときいている。相手が返事をしないのに、四カ村案を主張するのはおかしいではないか。
・駒城村としては、集落を割ってはならないと頑張ってきたが、今日のような状況にたって残念だ。今後もなお柳沢に呼びかけたい。
・鳳来村にも似た事情がある。しかし一部を捨てても三ヵ村合併を進める決意だ。
・村内にいささかの異論もないようにすることは理想だが、今やそのような段階ではない。当事者が腹を決めてかからなければ進展しない。
このような種々の論議の中にあっても、なお大勢は三カ村合併に賛意を表したことにより、本日の決議として次の項目を確認した。
一、合併の議会議決は来る六月二日の午前中に了すること。
二、合併後は「町制」をLき、早急に町名を公募する。
三、新町の発足日は来る七月一日とする。
四、今後の協議会の進め方は、六月二目に全員で大綱の審議をなし、而後は専門委員会を置いて審議する。
五、武川村との合併間題は門戸を開いて置く。

《第三回三ヵ村合併促進協議会開催》
一、日時昭和三十年六月二目午後二時五十分より
二、場所菅原村役場
三、出席者合併促進協議会委員(ただし駒城村選出委員は全員欠席)
会長より、目下駒城村においては議会を招集し審議中たる旨説明し、若し駒域村が脱落した場合はいかにすべきか諮った。結局はここへきて後退は許されたいので、「鳳来村、菅原村及び長坂町の一部と合併する」ことを確認して散会した。
《第四回三ヵ村合併促進協議会開催・事態急展開》
一、日時昭和三十年六月三目午後二時より
二、場所菅原村役場
三、出席者合併促進協議会委員片颪代表委員地方事務所係官
・会長より経過説明
五月二十八日の協議会決定事項として、六月二日に各村合併議決を了することとしたが、途中駒城村に故障があり、去る一日には駒城村長より残念だが三カ村合併の線から脱落する旨の連絡を受けた。しかし、二日には駒城村が脱落しても鳳来、菅原の二カ村と長坂町の一部との合併を実現するとの確認をえた次第である。ところが、駒城村からは、柳沢地区を分離して三ヵ村合併に加わるという連絡があったので、当初の基本線に戻って進むこととなった。
◎鳳来村選出委員より経過説明
鳳来村においては、六月二目村議会で三カ村と長坂町の一部との合併を了承した。しかし、昨日の駒域村柳沢地区脱落の事情により、本日なお単村の協議会を開催した次第である。下教来石の一部には依然として小渕沢町と合併を望む声があるが、三カ村合併の基本線は決定をみている。

●駒城村選出委員の経過説明
ご承知のとおりの村内事情があったが、これでさっぱりした。決議は横手、大坊と柳沢を分離し、横手、大坊は三ヶ村に、柳沢は武川村と合併することとなる。
○菅原村選出委員の経過説明
本村には両村のような事情はない。両村のことについてはその都度心配していた。本日の基本線に沿った合併を喜ぶものである。
・駒城村の分離について会長より次のように説明する。
合併決議の内容は柳沢の分離ということであるが、実質的には三カ村及び長坂町の一部との合併で、何等変更はなく決議文の統一を図ればよいと解する。全委員この説明を了承する。
・引き続き合併条件の協議にはいり、逐条審議のうえ大綱を決定した(別表合併条件鴇議書参照―省略)。なお、細部の点につき協議を進めるため専門委員を選出する。専門委員には各村の村長、議長、副議長を充てる。

《合併促進協議会委員の補充及び片颪地区選出委員の選任》
一、柳沢地区選出委員の補充は駒城村に一任する。
二、片颪地区選出委員として次の五者を選出する。
植松千秋、植松定七郎、小林栄良、小林完良、植松文雄
・三カ村合併促進協議会小委員会開催
一、日時昭和三十年六月五日午後一時より
二、場所菅原村役場
三、出席老各専門委員
合併条件の細部につき審議し、決定をみた。(別表合併条件協議書及び白州町建設計画参照―省略)

《第五回三カ村合併促進協議会開催》
一、日時昭和三十年六月十五日午後二時一五分より
二、場所菅原村役場
三、出席者合併促進協議会委員地方事務所係官
審議に先だち、会長より駒城村に駒城村の分割による財産処分の状況説明を求める。
●駒城村長財産処分については、財産処理委員会を設置し処理している。具体的に説明すると、山林の内保安林の関係は「財産区」としたい。小学校は一部事務組合で運営したい。公民館は小学校の付属建物として学校が管理する。小使室は小使に無償で支給したい。駐在所は保留する。田、畑、山林については所属地により分割する。ただし後日財産処理委員会において評価額を設定し、この評価額を戸数割で分割する。村有地の水田は小学校の実習地とする。村債、基本財産は戸数割等で分割する。白州中学校に通学している柳沢の生徒については、通学者の希望にまかせたい。
この駒城村長の説明のうち、小学校を一部事務組合としたいという意見には異議があり、論議のまととなった。しかし、財産分割問題があるので当日は結論に達しなかった。

《次に駒城村及び片颪(花水)の境界について質した》
駒城村長大武川をもって境とする。大武集落については測量したところ、七対七に世帯を分割した。
《片颪(花水)の境界については会長より説明》
会長片颪の境界は長坂町長と協議し、大字を境とすることとなった。明朝さらに話し合いを進める。
引き続いて「白州町建設計画」につき逐条審議をなし、原案どおり決定した(別表白州町建設計画参照―省略)。なお、補足事項についても審議決定した(別表協議附属壽等参照―省略)。
かくして昨年から連綿として続いた合併促進協議会も、曲折を経ながらようやく総ての点で合意に達した。議会の合併議決は鳳来村、菅原村、駒城村は六月四日に、長坂町は六月三日、武川村は六月九目それぞれ議決を了した。
あとは七月一日の新町の発足を待つばかりとなったが、駒城村の財産処分のうち、武川村との共有財産となった小学校校舎や、財産区で管理するとした「一の出し」の保安林等、次のような後日談を残した。
一、共有財産となった駒城小学校は、合併後武川村と折衝、双方の見解がくいちがったが、結局は小学校校舎の一部を取り壊し分割した。
二、大武川ぞいにあった通称「一の出し」という保安林は、昭和三十四年の大災害によりその全部が流出した。


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