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日本橋の大同生命の左隣にあった建物は、はいばらビルです
和洋折衷ビルのはしりと言われている建物です
日本家屋では、窓の上に霧除け庇をとりつけますが、このビルの窓には霧除け庇を採り入れ、日本
の伝統的な雰囲気を出しています
霧除けの屋根には和瓦を載せています
壁面には渋い色合いのタイルを貼り、パラペットや窓枠のテラコッタタイルも渋めの色にしていま
す
和と洋がマッチしたすばらしいファサードであったと思います
しかしながら、和洋折衷様式はどうしても暗い感じが漂ってしまう
これは、建築が昭和の時代の暗さを暗示しているように思われます
設計者 中村 直次郎、矢部 金太郎
竣工年 昭和4年
施工者 山田工務店
構 造
所在地 中央区日本橋2−7
日本近代建築建築総覧では、設計者は中村直次郎とされていますが、彼一人の設計ではないと考えていま
す
この建物の設計者とされる建築家中村直次郎は、和洋折衷様式のパイオニアである建築家ですが、
彼の他の建築作品は知られておらず、幻の建築家となっています
はいばらビルの設計は、中村と矢部の共同によるもので、復興建築助成株式会社で建設とされてい
ます(矢部金太郎−ウイッキペデア)
従って、当ブログでは設計者を中村と矢部の共同としました
中村直次郎について調べていますが、ふしぎなことにはいばらビル以外に彼の建築作品は見当たり
ません
私は、中村直次郎は、実は榛原(はいばら)商店の4代目であった榛原直次郎(中村家)ではなか
ったのかと思っています
榛原商店は、創業200年の和紙の超老舗で、日本の紙文化や芸術に貢献してきました
中村直次郎の著作として、
聚玉(しゅうぎょく)紙集/聚玉文庫 1933年(昭和8年)
和紙雑考:見たまま聞いたままの和紙についての記録/榛原商店編−榛原商店 1960年
があります
榛原商店は関東大震災で被災したため、その再建に建築家矢部金太郎と彼が籍をおいていた復興建
築助成株式会社の力を借りたと思われます
建物の基本デザインは、施主の4代目榛原直次郎こと中村直次郎が行い、詳細設計は矢部が担当
したのではないかと思います
中村直次郎の建築作品がはいばらビル以外に見当たらないのは、彼がプロの建築家ではなく
榛原商店の当主であったからだと思います
そうなると、和洋折衷様式ビルのパイオニアは、プロの建築家ではなかったということになります
(これは私の仮説です)
和洋折衷様式の建物について、当ブログでも掲載してきました
金万証券ビルは昭和2年に竣工していますので、はいばらビルより先に出来た和洋折衷様式ビル
で東京市芝区役所庁舎の竣工は昭和4年ですので、はいばらビルと同じ時期となります
東京市芝区役所庁舎は、和洋折衷様式ビルより帝冠様式に近いビルですが
金万証券ビル http://blogs.yahoo.co.jp/mk26813/36280147.html
東京市芝区役所庁舎 http://blogs.yahoo.co.jp/mk26813/38387215.html
★ネガ有り 9−27B★
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