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旧新橋演舞場
以前に写真を掲載しましたが、今回の写真は斜めから写したものです
電柱が写っていますが、銀座にもこの時代はまだ電柱があったんですネー
設計者 菅原 栄蔵 小倉 強
竣工年 大正14年
施工者 戸田組
構 造 ?
所在地 中央区銀座6−18
旧新橋演舞場 http://blogs.yahoo.co.jp/mk26813/49670188.html
旧新橋演舞場の建物について、写真や文献などがほとんど残っていないようです
設計者は、菅原栄蔵であることはわかっていますが、共同設計者として小倉強の名前を上げました
が、確証はありません
小倉強は東大出のエリート建築家で、大正14年の頃は東北帝国大学教師であり、菅原栄蔵との接
点は二人が仙台出身であったことである
彼は、菅原栄蔵より1才年下であるが、同年代の建築家であった
菅原栄蔵は、大正11年に曽禰中條設計事務所を辞め、独立し、その時は30才でした
竣工が大正14年ということは、設計は大正10年ころで、曾禰中條設計事務所を辞めたばかり
で、まだ若く、当時は実績の少ない無名の建築家であったはずです
さらに彼は大学出のエリート建築家でもないのに、この建物の設計をどのようないきさつで依頼さ
れてたのか、知りたいところである
そこで私は、小倉強の力があったのではないかと考えています
ウィキペディアで、小倉強を検索してみたが、彼が新橋演舞場の設計に絡んでいたとの記載は
残念ながらみあたりませんが・・・
改めて建物を見ると、30才の若き無名の建築家ではあったが、優れたテラコッタの装飾デザイン
才能と最新の建築デザインの潮流をいち早くとらえていた事がわかります
最新の建築デザインとは、帝国ホテルを設計したライトのデザインの影響を受けたと思います
明治期の大学出のエリート建築家とは違い、権威にとらわれることのない新しいタイプの建築家が
はじめて日本に生まれたと思います
そして、銀座のビアホールライオンのビルへと、日本のモダニズムの魁となっていった建築家であ
ったと思います
★ネガ有り 15−25 他2枚有り★
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