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飛行館ビル

イメージ 1

飛行館ビルの正面の写真が見つかりましたので掲載します

 
飛行館ビルは昭和史の舞台にもなった注目されなければならない物語のある建物でした

しかしながら、ネットで検索しても建物の写真はほとんど公開されていません

忘れ去られた建物となってしまいました

以前に、当ブログでは飛行館ビルを掲載していますので、詳しくはそちらをご覧ください


設計者  佐藤 功一

竣工年  昭和4年

施工者  竹中工務店

構 造  鉄筋コンクリート

所在地  港区新橋1−18


前回掲載写真 http://blogs.yahoo.co.jp/mk26813/48495763.html

当ブログでは他にも佐藤功一の作品をいくつか掲載していますのでご覧下さい


★ネガ有り 15−22A★

閉じる コメント(2)

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こんにちは、
お久しぶりでございます。
この飛行館ビルといえば、2.26事件のさいに反乱軍に加わった兵隊さん(霞ケ関界隈の官庁街に居た)に対し、『勅命下る軍旗に手向かうな』という投降を勧告するアドバルーンを、飛行館ビルの屋上に掲げ、その結果おおくの兵隊さんが帰隊したというエピソードを、昭和史の本にある写真で見た事があります。
また、連続企業爆破事件に関与して三井物産西新橋物産館ビル(もとの日産館)爆破事件のさい、飛行館ビル近くの日比谷通りに、緊急車両や人々でごった返してる様子を空撮で撮られたのを、別の昭和史の本に写真入りで掲載されてました。
その様な訳ですから、飛行館ビルは何気ない様であっても貴重なシーンで撮られてたので、忘れられない建物ではないかと思われます。
そして、飛行館ビルのあとに建てられた航空会館ビルのマド周りの意匠は、亡き飛行館ビルをイメージしてる様にも見えます。
それでは、失礼します。

2014/8/17(日) 午後 5:37 [ 武州人 ] 返信する

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武州人さんおはようございます
飛行館ビルは昭和史の舞台となった建物だったんですね
内幸町界隈の建物、日産館、放送会館、ダイビルなど昭和史の舞台となった建物が私が若い時はありましたが、その頃はただ写真を撮っただけで、それらの建物が持つドラマは知りませんでした
ブログに写真を公開し、皆さんから色々な貴重な情報をいただき、改めて写真を残しておいてよかったと思っています
昭和史の舞台となったこれらの建物たちは無くなって、内幸町界隈はすっかり変わってしまい、昭和の激動を伝えるものは無くなってしまいました、

2014/8/18(月) 午前 10:52 [ mk26813 ] 返信する

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