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村田町に立ち寄ったのは、ほんの偶然で、まさか東北の田舎町にこの様な町並みを見るとは想定し ていませんでした 古い町並みの中で、写真の様な看板をみつけました あまりにもみごとな看板に感動! もう少し滞在時間がとれれば・・・と、悔やまれます PS NHKの「ひるブラ:‘12/10/24放送」で、この看板と建物が放送されました この建物は、造り酒屋で江戸時代の創業です 看板に彫られているのは、放送では「じょうものはく」と書かれていると言っていました まさにこの看板が紹介されていました この看板をアップで見ると、上の字は‘上’と彫られているのが分かり、途中の字はよくわからないが 最後の字はひらがなの‘く’と読めます 「じょうものはく」の意味の解説はありませんでしたが、高級なお酒と言う意味なのでしょうか 気になっていた看板が、30年ぶりでやっと分かりました 若いとき、偶然に訪れた街で、素晴らしい建物達を発見し、そして素晴らしい看板を見つけ、今テレビで 偶然にもそれらが映し出された・・・驚きと懐かしさでいっぱいです 立寄った当時の役場も年代ものであったし もっと、この街を写真に納めておけばよかったと後悔しています 古い建物が歴史遺産として活用され、町おこしになっていることが大変嬉しい PS その後気になっていたので、ひるブラの生字幕放送でこの看板を確認しました やはり、私の聞き違いで、正確には「じょうもろはく」で漢字で書くと「上諸白」です この看板に何が書かれていたのか、今になってやっとわかり、感謝・感激です この酒蔵は大沼酒造さんで、創業は1712年、今から300年前の老舗で「乾坤一」のブランド の銘酒を造っています ★ネガ有り 30−9A★
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2007年05月30日
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写真を整理していたら、懐かしい宮城県村田町の土蔵造りの街なみの写真が見つかりました 見世蔵、土蔵造りの袖蔵、そして薬い門がセットになった建物が続くきれいな街並み 30年くらい前ですが、偶然訪れた町に、この様な素晴らしい街並みを見つけて感動したものでし た この街なみが、大切に守られていることを願うばかりである PS 村田町は、現在「みちのくの小京都・蔵の街」として、歴史的な街並みを活用して町おこしを始めていま す この町は、幕末から京都や江戸との紅花取引で栄えた商人の街で、街並みは江戸から明治時代にかけて造 られたものです 写真の2枚めの建物は豪商の建物で、現在「やましょう記念館」として、見学できるようになっています 昨年の東日本大震災で、かなりの被害を受けたようですが復興されているようで嬉しく思っています もう一度この街を訪れて、今度はゆっくりと見て廻りたい PS 当ブログ、真壁町の歴史的建造物で中村家の紹介をしましたが そこで、江戸から明治初期の「コットンロード」について書きました 奥州街道の要衝で、商人の街そして染料の紅花とくれば、かつて関西からの繰綿の流通路であった「コッ トンロード」として真壁・江戸そして繰綿の産地である関西と結ばれていたと思います(私のあくまでも 仮設です) ★ネガ有り 上30−10A 中30−11A 下30−8A★
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霞ヶ関の法曹会館 |
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函館カトリック元町教会は何度か火災にあい、現在の教会は大正13年に再建されました |
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写真のようなひびわれを見かけましたが、この様なひびわれは大変危険なひびわれと考えます。 これほどのひびわれの原因として考えられるのは、鉄筋が入っていないか、入っていても本数が少ない場 合があります。専門家に調査してもらうことが必要です。 日ごろからマンションを注意して見ることが、事故を防ぎ大切な資産を守ることになります。 |





