建築士から見たマンションについての本音を公開します

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新橋一丁目あたりにあった貸事務所ビルです   

一般には日比谷ダイビルと呼ばれていました

アーチ型の玄関入口に洗練されたテラコッタ製の装飾(テラコッタで造られた鬼と怪獣のお面が、

避難階段の出入口のアーチと6階に取り付けられている)と彫刻のある建物は1号棟で、ネオロマ

ネスク様式の建物でした 

なんでも鑑定団(2013/3/5放送)で、大国貞蔵のブロンズ像が鑑定に出品されましたが、そこで彼

の作品として・・・なんとこのダイビル1号館のブロンズ造彫刻の作者でもあることが紹介されて

いました

上の写真の右側に見える彫刻が、大国貞蔵の作品である「女神像」です 

それともう一つ、正面玄関の左側に「勇士像」がありました

「女神像」と「勇士像」の行方が気になりますが・・・これらの彫刻は同敷地の公開空地に飾られ

ています

建築と彫刻とテラコッタの装飾が融合した名建築であった

当時、この周辺では一番上品な建物であったと思います

また、このビルは日本で最初にコア方式を採用した建物となっております

東京紅團の「文芸春秋の足跡を歩く」によると、大阪ビル1号館には、竣工と同時に文豪菊池寛が

創業した文藝春秋社がテナントとして移転してきました

2階の211号室でした

そして、終戦で占領軍がこのビルを接収するまで、ここに文藝春秋社がありました

昭和10年に、菊池寛は芥川賞と直木賞を創設しましたが、戦前は多くの文豪や文化人がこの建物

をおとずれたのではないかと思います

建物の地下に、レインボウグリルと言うレストランが当時あり、そこが作家の社交場となっていま

した

接収後、文芸春秋社はすぐ近くの幸ビル(当ブログで写真を掲載しています)に移転しています

名建築ゆえに、菊池寛に愛され多くの文化人が行き交った建物ではあるが、一方で内幸町という日

本の中枢部に近い立地と名建築ゆえに2.26事件や占領軍による接収など昭和史の舞台ともなっ

た場所でもある

2.26事件ではこの建物に鎮定部隊宿営本部が置かれた、ダイビルの隣には飛行館ビル(当ブロ

グで写真を掲載)があり、「勅命下る軍旗に手向かふな」のアドバルーンが揚げられた

2.26事件の舞台となった建物達が並んでいたところでもあった


1号館

設計者  渡辺 節

竣工年  昭和2年 

施工者  竹中工務店

構 造  鉄筋コンクリート

所在地  千代田区内幸町1−2  



2号館

設計者  渡辺 節

竣工年  昭和6年

施工者  大林組

構 造  鉄筋コンクリート

所在地  千代田区内幸町1−2



渡辺節は関西を中心に活躍した建築家で、東京での作品は少ない

東京で最後まで残っていたのが、写真の大阪ビル1号館と2号館であったが、取り壊されてしまいました

2号館の写真 http://blogs.yahoo.co.jp/mk26813/49549132.html 


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