建築士から見たマンションについての本音を公開します

DOM(ドム)一級建築士事務所です。マンションの調査診断、設計監理等コンサルをしています。マンションでのトラブルのご相談受けます

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キッチンと洗面化粧台の点検口を開けたら・・・床下はゴミだらけ   

この前内覧会同行したマンションで床下をのぞいたらビス、結束線、残材、ホコリ・・・ゴミの種類を見

るとたぶん一度も掃除をしてないようである  

これらのゴミは作業員のモラルが無く、工事監理がされてないことを物語っているはず   

http://www.dom-sekkei.jp

イメージ 1

旧東京商科大学研究室? であったと聞いてはいましたが   

この建物は東京商科大学研究室として建てられ、その後岩波書店の事務所として使われたと聞いていまし



私がこの写真を撮影したのは30年以上前ですが、現役の事務所として使用されていました

木の電柱が写っていますが、東京のこのような都心に木の電柱があったんですね   
  
設計は、日本で最初に鉄筋コンクリートの建物として有名な三井物産横浜ビルを設計した遠藤於莵で、竣

工は大正4年? と思われます

この建物について詳細をご存知の方は教えてください


設計者 遠藤 於莵

竣工年 大正4年?

施工者 ?


PS

ピニンP4さんからの情報から少しずつこの建物について分かってきました

・まず、現在の一橋大学は、商法講習所→東京高等商業学校→東京商科大学→一橋大学 と変遷した

・明治8年に設立の商法講習所は銀座尾張町に有り、明治9年に東京府移管になり銀座木挽町に移転、

 明治18年に東京商業学校への改称を経て一ツ橋通町に移転、大正9年に東京商科大学となる

・大正12年の関東大震災により校舎のほとんどが壊滅

・大正14年に現在の国立へ移転

・関東大震災で残った建物は、図書館と写真の旧専攻部教室だけであった

 旧専攻部教室は三井の寄付で出来たため「三井ホール」と呼ばれた

・国立に移転した後、一ツ橋の校地には、南半分に「一ツ橋講堂」及び「如水会館」、北半分は共立女子

 大学の校地となった

・「三井ホール」はその後岩波書店に渡ったと思われる

「三井ホール」は一橋大学の歴史を物語る貴重な建物であったことになります

・設計者はほんとに遠藤於莵なのか?

 ネットでは、この建物の設計者が遠藤於莵であることを裏付けるような資料を見つけることはできませ

 ん

 この時代に、鉄筋コンクリートの建物を設計できた建築家で、耐震にも造詣が深い建築家は数名であ

 り、遠藤於莵か曾禰逹蔵のいずれかになり、2名とも三井とのつながりがあります

 建物のデザインも考慮すると、遠藤於莵であったと私は推測します

 この建物が壊されてしまったこと、また解体した時に記録が造られていないとしたら、大変残念なこと

 です


一ツ橋講堂の写真 http://blogs.yahoo.co.jp/mk26813/50044736.html

学士会館の写真  http://blogs.yahoo.co.jp/mk26813/51998700.html



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