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上の写真右の2階建て建物が赤レンガ1号館で、左側の建物が赤レンガ2号館です
赤レンガ1号館は明治13年に造られ、東京都内に現存する最古のレンガ建築です
でも・・・写真では赤レンガには見えませんが・・・
私が撮影した30年以上前は、レンガの上にモルタルが塗られていて、写真のような外壁となっていまし
た
その後改修工事が行われ、モルタルを撤去し、現在は創建時の赤レンガに復元されたと言うことです
日本近代建築総覧では、建築名が前電話交換室となっていますので、一時期電話交換室として使用
されたようです
2号館は明治19年に造られ、写真の通り赤レンガの外壁のままでした
日本近代建築総覧では、建築名が体育室となっています
これらの建物は、当初は教育博物館書籍閲覧所書籍庫(現国立科学博物館の前身)として造られ、その後
東京芸術大学のキャンパスになりました
私は、当時赤レンガ2号館が1号館だと思っていました、それは、モルタル塗りの外壁は工法的に考えて
後から造られたものであると思っていたからです
赤レンガの上に誰かが補修のためにモルタルを塗ったとは思いもしませんでした(当時は情報が得られま
せんでしたから)
その後、東京芸術大学の前身である東京音楽学校が明治23年に現在地に移転・開校しました
赤レンガの建物の他に、東京音楽学校の創建時の施設として、レンガ造りの正門が残っています
従って、正門は明治22年ころに造られたものと推測しています
正門の写真 http://blogs.yahoo.co.jp/mk26813/57797946.html
この一角に、日本の近代建築の黎明期の建物や施設が保存されていることに大変うれしく思っています
赤レンガ1号館(上野教育博物館書籍閲覧所書籍庫)
設計者 林 忠恕(ただよし)
竣工年 明治13年
施工者 ?
構 造 レンガ積
所在地 台東区上野公園12−8
赤れんが2号館(東京図書館書籍庫)
設計者 小島 憲之
竣工年 明治19年
施工者 服部 浅五郎
構 造 レンガ積
所在地 台東区上野公園12−8
日本の近代建築の先駆者である2人について、大変興味深い事実があります
林忠恕について、ウィキペデアを引用すると、彼は横浜市で大工として居留地の建築に従事し、ア
メリカの建築家リチャード・ブリジェンスに西洋建築を学び、その後明治時代初期の中央官公庁営
繕を主導した、とあります
小島憲之について、ネットで調べた結果、
「学士会会報」2004 Vno.848に杉山英思「埋没した建築留学の先駆者」の文献があり、Ogiの名前でブロ
グを紹介していました
その内容は、彼は明治10年代に米国コーネル大学で建築学を学びながら、様々な時代背景(学閥
やら東大の建築学系の研究室の変遷)から、建築家としてはあまり活躍の場は得られなかった
そうした中で、赤レンガ2号館は彼の貴重な作品となっている
彼は日本人初の建築家であったが、建築家より教育者として過ごし、素晴らしい人材をそだてまし
た
東京芸大と一校(現在の都立日比谷高校)で教え、その教え子に横山大観、伊藤忠太(建築家)、
野口孫市(建築家)、岡田信一郎(建築家)がいます
林忠恕及び小島憲之は、日本の近代建築の先駆者でありながら、彼らの業績についての研究が十分されて
いません
近代建築の先駆者である彼らの作品が、並んで末永く保存されることをねがっています
★ネガ有り 上3−28B 下3−29B 他1枚有り★
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