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日本建築学会は、以前銀座3丁目にありました
建築学会があった旧建築会館の写真がやっと見つかりましたので掲載します
私の記憶の中で、この旧建築会館を撮影した記憶が残っていたにもかかわらず写真がみつからず、もやも
やした気分でいましたが、これでやっと気分が晴れました
ファサードの左上にエンブレムがあるが、ネガフィルムでは全部写っているが、プリントでは残念ですが
一部カットされてしまっています
このエンブレムは昔の建築学会の会員証(私の古い会員証が捨てずに数枚残してありましたのでUPしま
す)にはこのエンブレムがデザインされていていました
私事になりますが、大学に入ってすぐ建築学会の会員(学生は準会員)になりましたが、この建物の玄関
扉を42年前に開け申込みに訪れました
建築会館の設計者は・・・分かっているようで実はミステリーなようです
日本建築学会の日本建築総覧によると、建築会館はコンペが行われ、1等は平林金吾で、設計者は復興建
築助成株式会社となっています
しかしながら、矢部金太郎のコンペ当選案が採用されたとの説があり、コンペは中村直次郎(はいばらビ
ルの設計者 はいばらビルの写真は http://blogs.yahoo.co.jp/mk26813/47987174.html )との共同で
あった・・・との説です
そこで、ウィキペデアで平林金吾を検索すると、建築会館について、平林と岡本の連名作で建築学会会館
のコンペでも1等となるが、関東大震災の影響で建設は見送られている・・・と書かれています
平林は1927年(昭和2年)から復興建築助成株式会社の技師となっている
そして、主な作品の中に建築会館は入っていない
コンペは昭和2年に行われ、竣工は昭和5年であったことを考えると、平林は建設にたずさわったのは確
かだが、彼の設計(コンペ案)では無いと思われます
それでは誰の設計になるものなのか・・・
設計者の特定に少し前進できたかもしれません
それと、建築学会のシンボルであったあのテラッコタ製のエンブレムは誰のデザイン・制作であっ
たのか?
そのデザインの意味するものとはなんなのか?
建物名称 建築会館
設計者 矢部 金太郎、平林 金吾 ?
竣工年 昭和5年
施工者 大林組
構 造 鉄骨鉄筋コンクリート
所在地 中央区銀座3−2
★ネガ有り 15−31A★
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