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旧丁酉銀行本店は、横浜の赤レンガ倉庫等を設計した近代建築の先駆者“妻木頼黄”の最後の作品
です
設計には、妻木頼黄の他、矢橋賢吉、小林金平が携わったと言われ、妻木が設計途中で倒れると、
その後を2人の建築家が引き継ぎ完成させたようです
ウィキペデアでは“妻木頼黄”の作品リストの中に旧丁酉銀行本店は書かれていませんが、“妻木
頼黄”の作品であることに間違いないと思います
レンガ及び石造2階建てで中央にドームの塔を持つルネッサンス様式は、大正時代の銀行によく見
られるスタイルでした
大正時代は、明治時代からのレンガ及び石造から、新しい工法である鉄筋コンクリート構造へと移
行していく時代で、多彩な工法を見ることができる大変興味深い時代です
以前、このブログに写真を掲載( http://blogs.yahoo.co.jp/mk26813/48040040.html )しましたが、
ネガフィルムを整理していたら、プリントされていないものを見つけました
今となっては貴重な記録ですので、30年たちましたが、写真が出来上がってきたのでUPします
解体の足場が組まれたため急いで撮りにいったことを覚えています
妻木頼黄は、明治10年造家学校(後の東大建築科)に入学、その前年にコンドルが造家学校の教師に着
任しています
辰野金吾は造家学校の一回生として、明治5年に入学し、明治11年に卒業していますので、妻木と辰野
は1年間共に学んだことになります
妻木頼黄は大正5年に亡くなっていますので、彼の最後の作品となります
PS
この銀行の名前について、私は丁西銀行と思っていましたが、本当は丁酉銀行(ていゆうぎんこ
う)でした
名前の由来はわかりませんが・・・
この銀行は明治30年に設立され、大正9年に15銀行に買収されました
この建物は大正6年に竣工していますので、わずか3年でこの銀行はなくなったことになります
しかしながら、15銀行の後も幾多の銀行に所有がかわりましたが、正面玄関の上にある石造の館銘板
は取り替えられることなく最後まで「丁酉銀行」のままでした
建物名称 丁西銀行本店
設計者 妻木 頼黄、矢橋 賢吉、小林 金平
竣工年 大正6年
施 工 竹中工務店
構 造
所在地 京橋区日吉町(銀座8−6)
日本近代建築総覧では、建築名が旧丁西銀行となっていますが正しくは「丁酉銀行」です
また、施工者は鹿島組? となっていますが、竹中工務店のようです
妻木頼黄の作品
横浜正金銀行本店(神奈川県立歴史博物館) http://blogs.yahoo.co.jp/mk26813/47615985.html
横浜新港埠頭倉庫(横浜赤レンガ倉庫) http://blogs.yahoo.co.jp/mk26813/47405347.html
矢橋賢吉について
彼は、辰野金吾の教え子で、大蔵省営繕管財局の設計技師であり、明治から大正、昭和初期にかけ
多くの作品を残しました
彼は、妻木の片腕としても活躍した建築家でした
矢橋賢吉の作品
旧警視庁庁舎 http://blogs.yahoo.co.jp/mk26813/47372344.html
拓殖銀行小樽支店 http://blogs.yahoo.co.jp/mk26813/48042294.html
★ネガ有り 上9−34B 中9−35B 下9−36B★
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