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懐古写真館

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川越蔵造り資料館

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川越市蔵造り資料館は昭和52年10月に開館し、開館した同月に訪れました   

やっと川越の蔵や見世蔵の保存運動が始まった頃でした    

30年前は蔵を見にくる方は近代建築や伝統建築に関心のある一部の人でしたが、今では大勢の方が訪れ

古い街並みや伝統建築のすばらしさを楽しんでいるのを見ると時代の変化を感じてしまいます    


★ネガ有り 36−10★        

蔵の街川越の『亀屋』

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川越は蔵の街として有名ですが、その中でも山崎氏邸『亀屋』は川越を代表する建物です   

通りに面した見世蔵と袖蔵は30年前の当時でも保存状態がよく感動したものです 

見世蔵に袖蔵、袖蔵には「うだつ」がみえます

黒漆喰がさらに重厚さをだしています   

川越はNHKの連続テレビ小説『つばさ』の舞台となっているところです


★ネガ有り 36−2★

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上の写真右の2階建て建物が赤レンガ1号館で、左側の建物が赤レンガ2号館です

赤レンガ1号館は明治13年に造られ、東京都内に現存する最古のレンガ建築です  

でも・・・写真では赤レンガには見えませんが・・・

私が撮影した30年以上前は、レンガの上にモルタルが塗られていて、写真のような外壁となっていまし



その後改修工事が行われ、モルタルを撤去し、現在は創建時の赤レンガに復元されたと言うことです

日本近代建築総覧では、建築名が前電話交換室となっていますので、一時期電話交換室として使用

されたようです

2号館は明治19年に造られ、写真の通り赤レンガの外壁のままでした 

日本近代建築総覧では、建築名が体育室となっています 

これらの建物は、当初は教育博物館書籍閲覧所書籍庫(現国立科学博物館の前身)として造られ、その後

東京芸術大学のキャンパスになりました

私は、当時赤レンガ2号館が1号館だと思っていました、それは、モルタル塗りの外壁は工法的に考えて

後から造られたものであると思っていたからです

赤レンガの上に誰かが補修のためにモルタルを塗ったとは思いもしませんでした(当時は情報が得られま

せんでしたから)

その後、東京芸術大学の前身である東京音楽学校が明治23年に現在地に移転・開校しました 

赤レンガの建物の他に、東京音楽学校の創建時の施設として、レンガ造りの正門が残っています

従って、正門は明治22年ころに造られたものと推測しています

正門の写真 http://blogs.yahoo.co.jp/mk26813/57797946.html

この一角に、日本の近代建築の黎明期の建物や施設が保存されていることに大変うれしく思っています


赤レンガ1号館(上野教育博物館書籍閲覧所書籍庫)

設計者 林 忠恕(ただよし)

竣工年 明治13年

施工者 ?

構 造 レンガ積

所在地 台東区上野公園12−8


赤れんが2号館(東京図書館書籍庫)

設計者 小島 憲之

竣工年 明治19年

施工者 服部 浅五郎

構 造 レンガ積

所在地 台東区上野公園12−8

日本の近代建築の先駆者である2人について、大変興味深い事実があります

林忠恕について、ウィキペデアを引用すると、彼は横浜市で大工として居留地の建築に従事し、ア

メリカの建築家リチャード・ブリジェンスに西洋建築を学び、その後明治時代初期の中央官公庁営

繕を主導した、とあります

小島憲之について、ネットで調べた結果、

「学士会会報」2004 Vno.848に杉山英思「埋没した建築留学の先駆者」の文献があり、Ogiの名前でブロ

グを紹介していました

その内容は、彼は明治10年代に米国コーネル大学で建築学を学びながら、様々な時代背景(学閥

やら東大の建築学系の研究室の変遷)から、建築家としてはあまり活躍の場は得られなかった

そうした中で、赤レンガ2号館は彼の貴重な作品となっている

彼は日本人初の建築家であったが、建築家より教育者として過ごし、素晴らしい人材をそだてまし



東京芸大と一校(現在の都立日比谷高校)で教え、その教え子に横山大観、伊藤忠太(建築家)、

野口孫市(建築家)、岡田信一郎(建築家)がいます

林忠恕及び小島憲之は、日本の近代建築の先駆者でありながら、彼らの業績についての研究が十分されて

いません

近代建築の先駆者である彼らの作品が、並んで末永く保存されることをねがっています


★ネガ有り 上3−28B 下3−29B 他1枚有り★

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音楽学部正門とその周辺の建物の写真です    

この写真を撮った当時は、東京芸術大学には明治初期に建てられたレンガ造りの建物や古い木造の施設が

あり明治の雰囲気が色濃く残っていました   

写真のレンガ造りの正門と木造平屋の守衛所は現在も当時のまま残っています

東京芸大の音楽学部の前身は、東京音楽学校で、明治23年に現在地に移転、開校しています

レンガ造りの正門の築造年に関する文献は見当たりませんが、移転の前年明治22年に造られたと考えら

れます

しかしながら、門を入って左側のトンガリ屋根のあるなんとも不思議な形の木造の校舎は無くなっていま



トンガリ屋根のある木造の校舎は、いったいどのような建物であったのか

インターネットで検索してみたが、手掛かりはいっこうにつかめません

この建物をアップで撮した写真を見てみたい・・・

何か物語が有りそうな建物に見えますが

この建物は写真も文献もなく、いつの間にか知られずに消えてしまったようです

私は、このトンガリ屋根の建物も東京音楽学校が現在地に移転と同時に造られていたものと推測していま




建物名称 ?

設計者  ?

竣工年  明治22年?

施工者  ?

構 造  木造

所在地  台東区上野公園12−8


音楽学部正門

設計者  ?

竣工年  明治22年?


★ネガ有り 4−16★

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鳩山大臣が建替工事をストップさせた東京中央郵便局です     

重要文化財に指定する話があったようですが全面保存か、一部保存とするのか気になります    

この写真は隣接の三菱銀行本店が建替え前の東京中央郵便局の写真ですが、当時の丸の内の空が広く感じ

られます    

○この建物を保存する意義とは○

・柱と梁のフレームに大きな窓

・無装飾のシンプルな外観

・モダニズムの先駆となる建築

日本の建築は、明治の開花期より戦前まで欧米の○○様式を真似るか、あるいは当時台頭しつつあった

復古主義的な動きを反映した帝冠様式などの和洋折衷様式の・・・そのような時代にありながら、

日本でモダニズム建築が生まれた記念碑的な建物だったからです

近代建築から現代建築へと・・・

私は、建築のデザインにおいて、この建物は日本が世界に誇れるものであると思っています

吉田鉄郎の作品で「旧京都中央電話局上分局」がありますが、彼はこの時分ではまだモダニズムではなく

表現主義的なデザインだったことがわかります


設計者 吉田 鉄郎

竣工年 昭和8年

施工者 錢高組、大倉土木

構 造 鉄骨鉄筋コンクリート

所在地 千代田区丸の内2−7


吉田鉄郎の作品

旧京都中央電話局上分局 http://blogs.yahoo.co.jp/mk26813/61642491.html


東京駅前の広場に工事用囲いが見えますが、当時横須賀線と総武線の接続工事が行われていて、地

下のホームを造っていました


★ネガ有り 4−S★ 


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mk26813
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