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現在の大和生命本社ビルは超高層ビルとなっていますが、建替え前のビルは3階建ての端正な建物
でした
写真のこのビルは、鹿鳴館の跡地に昭和5年に建てられ、設計は横河工務所です
設計者は、横河工務所の横河民輔なのか、他のスタッフなのか、まだそこまではつかめていません
先日、大和生命が破綻しましたが、朝日新聞では大和生命は戦前の1911年(明治44年)創業
とかかれているが、当時の会社名は日本徴兵保険です
日本徴兵保険は、戦後の昭和20年に大和生命に名称が変わりました
鹿鳴館(明治16年竣工)の隣は帝国ホテル(初代帝国ホテルは明治23年竣工)で、鹿鳴館が消
失するまでこれらの建物はそれぞれ関連していたわけです
鹿鳴館の敷地は、昭和2年に日本徴兵保険に売却され、鹿鳴館の建物は昭和15年に取り壊された
となっています
そうなると、写真の建物は昭和5年に竣工していますので、10年間のあいだ、この建物と鹿鳴館
はここに並んで建っていた? と、いうことになるようです
2つの建物は、どのような配置になっていたのか?
ネットに鹿鳴館の画像が掲載されているのをみつけ、その中の画像(絵葉書)の1枚により謎がと
けました
その絵葉書によると、この建物の左側にライトの設計したライトの帝国ホテル、そして写真右側のNTT
のビルの辺りにコンドル設計の鹿鳴館がありました
NTTの敷地の一部も鹿鳴館のものであったのです
昭和の一時期、鹿鳴館、帝国ホテル、そして日本徴兵保険の建物がここに並んでいたのです
明治を象徴するコンドルの鹿鳴館、大正を象徴するライトの帝国ホテル、そして昭和の日本徴兵保
険ビル、明治〜昭和初期の日本の大切な宝を、全て取り壊してしまったことは残念なことです
この3つの建物がここに残されていれば、世界遺産になったかも知れません
旧大和生命本社ビルについて、ネットで検索してみましたが、写真や文献が見つかりません
ウィキペディアで横河民輔を検索し、横河工務所の作品リストを見ましたが、作品リストにこの建
物は掲載されていません
建物は、パラペットにはテラコッタの装飾がされていました
中央のパラペットの上にあるのは、彫刻のように見えます
横河工務所は、当時東京証券取引所ビルに斉藤素巌の彫刻を、その少し前には日本工業倶楽部ビル
に小倉右一郎の彫刻を飾っていますので、この建物にも有名な彫刻家の作品を飾ったものと思って
います
この彫刻は誰の作品なのか、建物解体後どこに保管されているのか、それとも壊されてしまったの
か
謎がつきない建物です
この建物は、完全に忘れ去られた建物となってしまったようです
建物名称 日本徴兵保険ビル
設計者 横河工務所
竣工年 昭和5年
施 工 大林組
構 造 鉄骨鉄筋コンクリート
所在地 千代田区内幸町1−1
★ネガ有り 5−18、他1枚あり★
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