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(このような記事を書く資格がないことは、自分で自覚しているところですが、あえて書かせて頂きます)
四書五経というのは、
四書は、大学、中庸、論語、孟子
五経は、詩経、易経、書経、春秋、礼記(らいき)だそうですね。
「だそうですね」と書いたのは、私自身それらの本の内容について、論語の断片をうっすらと知っている程度で、あとは皆目分らないんです(汗)。
ここから先が言いたいことなのですが、
ノーベル賞の湯川秀樹と、幕末武士道の精神的リーダーであった吉田松陰に共通しているところは、4歳の時から四書五経の素読(そどく)をやっていたそうなんです。
さらに言えば、戦前ノーベル賞級の科学者と言われていた日本人は全員やっていたと聞きます。
江戸時代の寺子屋も、これをやっていたそうですね。
素読というのは意味が分らないまま、ひたすら無心に読むことだそうです。
言い換えると、無心ということは、何かを目指さない状態と思います。
このことは、現代社会が忘れ去ってしまった大切なことと思うのですが・・・。
現代の教育環境は、常に何かを目指しています。(このことを書こうとすると長くなるので、省略します)
話変わりますが、3〜4歳位までの子供は、生きた絵を描くそうです。
ところが長じるにしたがって、上手く書こうとする思いが出て来て、つまらない絵になってしまうという話を聞いたことがあります。
このことは「無心ではなくなる」ことに通じていそうに思います。
素読も無心な幼児期だからこそ効果があるのだと思います。
寺子屋でやっていたことの特徴は、
東の空が白みはじめる早朝からやっていたことと、大きな声を張り上げて素読をしたいたことの二つらしいです。
野村吉三郎さんという人が書いた、「寺子屋の思い出」という記事に検索で出会いました。
この方は第二次世界大戦前に外務大臣をつとめ、全権大使として渡米、日米交渉に当たった元海軍大将だそうです。
明治10年生まれの方ですので、時は明治10年代ですが、江戸時代の寺子屋の名残りを十分に残している光景との解説がありました。
以下その記事です。
「町内に在った河合という老人の教える漢字塾では、同年配の頑童達が、意味も分からぬのに大声を張り上げて素読をマル暗記でやっていた。何しろ悪戯盛りの子供達だから、一組が老先生の前に畏(かしこ)まって授業を受けていると、ほかの連中は先生の背後で木刀や竹刀を振り回し、先生の頭や肩先へ切りつける真似をしたり、赤んべえをしているが、老人はそんなことはどこふく風で、前に居並ぶ腕白連中が大声を張り上げて朗読する素読を、竹の鞭を構えた泰然とした格好で熱心に聞き入っておられた。今から想えば懐かしくもあり、可笑しくもある寺子屋風景であった。私にとってはこうした幼年時代の寺子屋通いが後年の及んで大きなプラスとなった」
ここに書かれている、「後年に及んで大きなプラスとなった」という言葉には、言外に深い想いが込められているように感じます。
さらにこの時代の人々には、野村吉三郎さんのような政界を代表するような人に限らず、多くの人々に共通して、寺子屋で培った、ひらめき力、気づき力、直感力、創造力が備わっていたのではないかと想像してしまいます。
そして次の事が、一番言いたいことなのですが・・・。
この寺子屋の場面には、おおらかで楽しい場のエネルギーが流れていたのだと想像します。
さらに言えば、楽しい場のエネルギーが流れているということは、一生懸命さの、もう一歩先の次元の場ではないでしょうか・・・。
幼児期から素読をすると、頭の質そのものが変わるようです。
超記憶回路が開かれると言っている、その道の専門家もいるようです。
大切なので何度も書きますが、ひらめき力、気づき力、直感力、創造力につながるようです。
つまりは右脳が開かれることなのだと思います。
考えて見れば、これら四つの力は、すべての行き詰まりを解決に導く「根源的力」と言えないでしょうか・・。
寺子屋のやっていた教育は現代社会で、ぽっかり抜け落ちているかたちなのだと思います。
子供達の行動にいちいち目くじらをたてないで、泰然自若としている、お師匠さんの指導者としてのあるべき姿をはじめとして・・・。
ついでに言えば、竹の鞭を構えているのも不自然ではありません(笑)。
そして、ぽっかり抜け落ちているその中に、現代社会が学ぶべき、世界に誇れる日本人精神の基盤づくりがあったのではないでしょうか・・・。
過日「幼児から漢字に親しむと、ひらめきが・・・」のタイトルで書いた記事の関連です。
この記事のURL: http://blogs.yahoo.co.jp/mk3ag10/15459757.html
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