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仮に運命というものがあるとすると、運命ということを言い換えれば「縁」ということのように思います。
更に言えば、「縁」とは出会いと思います。
そして人生の転換期の多くは、人との出会いによって訪れていると思います。
よく言われていることに、不思議なご縁とか、あり得べき巡り合わせとか、縁があったとか縁がなかったとかの言葉があります。
これは、出会いや縁ということは、自分の意志や願望の入る隙間がないとうことのように思うのですが・・・。
よくよく考えると、縁や出会いのキッカケは千差万別です。
言い換えれば、整然とした理由がないです。
たとえば、現在何かの職業に就いていたとして、その仕事に就くことを最終決定したのは本人ですが、そこに至るプロセスは無数の縁によって成り立っています。
またその仕事にしても、はじめから確固とした信念のもとに、その仕事に就いている人って少ないのではないでしょうか・・・。
何を言いたいかというと、つまるところ「何とはなし」から始まっていることって多いのではないでしょうか・・・。
人と出会うことは、意図してそうなることは可能です。
しかし、多くの出会いは説明し難い偶然の要素が重なり合い、そこに至っていると言えそうです。
(ここまでは、以前に書いた記事と同じです)
縁には、深さと浅さもありそうに思いました。
場所や時間や出会いのありようで知り合いになり、人生に大きな影響を与える、深い縁があります。
また、つながりがあっても、人生がいたずらに過ぎ去ってしまうだけの、浅い縁もあります。
こうして考えると、深い縁は縁自体に強いエネルギーがあって、結びついたと言えるのかも知れません。
反対に、縁のエネルギーが微弱なために、出会いがありながらも浅いつながりでしかなかったと言えそうです。
このことを、更に視点を引いて大きく見直して見ると、人間だけにとどまらず、すべてのものが何かでつながっていると言えそうに思えてきますが・・・。
言い換えると、森羅万象は関連性を持っていると言えるのかも知れません・・・。
(前回コメント頂いた方々には失礼と思いましたが、時間の経過の中で新たな思いを書き加えました。どうぞよろしくお願い致します。)
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