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先ずもって、私自身がこういうタイトルの記事を書く資格がないことを、お断りしておきます(笑)。
よく聞く話ですが勝負事は、勝ち続けると勝ち、負け続けると負けるそうです。
なかんずく、負けた経験を引きずっていると、必ずと言ってよいほど負けるそうです。
良きにつけ悪しきにつけ、連鎖反応は起こると言ってよいのかもしれません。
「連鎖反応」について検索したら、下記の仮説が書いてありました。
>人の心の働きは恐らく、脳のあるところで発生した分子化学反応が脳波と呼ばれる微弱な電磁波を引き起こし、その脳波が記憶のシナプスや思考回路を刺激して新たな脳波を起こし、それが連鎖反応的に進むのではないかと思います。
読んでも、よく分かりませんが、何とはなし「なるほど」と思いました(笑)。
更に下記のことが書いてありました。
>連鎖反応として良く知られているのは炎や核分裂反応ですが、人の心も恐らく連鎖反応であり、その制御が中途半端になった状態が夢だと思います。
この仮説も、分からないままに「そうか」と思いました(笑)。
難しい仮説は別として、ひらたく申し上げます。
その場を楽しんでいる人が勝つそうです。
このことを言い換えると、「勝ったときの楽しい状態」のイメージだけを思い描いている人が、最終的には勝つのだと思います。
視点を変えると、この状態の人は、負の先入観がないので、リラックスしていると言えそうです。
勝つためのヒラメキがやって来るかどうかは、リラックスが必須条件だと思いますので・・・。
これは、「何がなんでも勝つぞ」と頭に血がのぼっている状態の対極です(笑)。
このことって、なにも勝負事だけに限ったことではなく、人生万般にも言えそうです。
以下、いくつかの例を上げて、このことを考えてみたいと思います。
ある子供が、自分の気に入ったことばかりしているタイプで、勉強でも得意と不得意がはきっりしているとします。
この場合は、不得意を克服するのではなく、得意をもっと伸ばすことが肝心なのだと思います。
もっと言えば、本人は不得意のことに対し、「そんなこと俺の知ったことか」の状態にいることが最も大切なことなのだと思います(笑)。
なぜならば、このことは集中した状態と思うからです。
かつてオリンピックのマラソンで金メダルを取った高橋尚子選手が、ゴール直後のインタビューで、「すごく楽しい42キロでした」と言いました。
他の選手は、頑張ろうとの思いで、辛く苦しい状況と闘いながら走っていたのではないかと思います。
高橋選手が走っている最中に、辛いとか苦しいとかの思いが出なかったのは、自分の感情に浸っていない状態だったのではないでしょうか・・・。
言い換えれば、高橋選手は自然に体が動き、自己意識がない状態だったと言えそうです。
その結果として、楽しむ心境になったと言えるのかもしれません。
こうして考えると、歯をくいしばって頑張ることと、「楽しい」と思っている状態は、まったくの別次元と思います。
2009年のWBCが始まる前、イチロー選手は「勝ちを取りに行く」と言いました。
この言葉は「勝ちたい」と思うだけでは勝てないと言っていそうに思うのですが・・・。
イチロー選手の、いくたの経験から生まれた信念の言葉と想像します。(このあたりのことは後日、記事にさせて頂きたいと思っております)
そして自らが、優勝を決定づけたヒットを打ち、インタビューの中で「神が降りた」と言いました。
だからと言って、神がかり的なことを書くつもりはありません(笑)。
イチロー選手は最初から最後まで、「勝ったときの楽しい状態」を、違う言葉で表現していたのかもしれません・・・。
イチロー選手のバッティングを、ひとことで言えば人並みはずれた広角打法と言えそうです。
人並みはずれているということは、ヒッティング・ポイントが人並みはずれて広いということと思います。(ホームベース直前でワンバウンドした球をヒットにした場面を見たことがあるような気がします)
人並みの選手(とは言っても、人並みはずれているのでプロになった選手のことですが(ヤヤコシイ表現だ))は、自分にピッタリのコースに球が来るのを待つことが多いのだと思います。
イチロー選手のヒッティング・ポイントの広さは、自分にピッタリの球を待つのではなく、想定外の変化に対し自らのほうが反応する柔軟性によるところと言えないでしょうか・・・。
そしてこのことは、力んでいない状態と背中合わせにあると言えないでしょうか・・・。
話が横道にそれますが、世の中おうおうにして悪いことをしながら大儲けする人がいます(笑)。
こういう人も、「お金が儲かったときの楽しい状態」が鮮明にイメージされているのではないでしょうか。
善悪の思考回路はマヒもしくはプッツンしているだけなのだと思います(笑)。
そう考えてみると、架空の話をデッチ上げて、人から大金を巻き上げたりする詐欺師がいたりしますが、コソ泥の暗さに比べて、どことなく明るい雰囲気があったりするのは、私の思いすごしでしょうか(笑)。
「勝ったときや、儲かったときの楽しい状態」をイメージすることのすごさは、科学的に測定不能なので確信が持てないだけなのかもしれません。
さて意味不明気味で何ですが、ここまで書いてきた事柄を別な言葉で表現すれば、これらのことは、固定した状態の対極にある、流れの中にあると言えそうです・・・。
ロックなどのライヴに見られる、観客の熱気は舞台に届き、舞台を変える力があるのだと思います。
言い方を変えれば、人間の意識が物理的現象に干渉していると言えないでしょうか・・・。
この現象を、もっとつきつめ、更に次元を反転して考えれば(笑)、些細なことにも満足していると、やがて億万長者という極大(笑)への連鎖反応となって行くと言えそうです。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
当ブログの三周年に当たり、記念の記事として書かせて頂きました。 2011.1.11
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