|
以前、本で読んだことですが、
例えば女子大生だけが住んでいる、寄宿舎(今はこういう言葉はないのかも)のようなところでは、女性という基準がアイマイになるために、男のような女性ができたり、大勢が中性化したりするそうです。
どうやらこれは、男性という相対の存在を失っていることで無意識的に、陰陽がない混沌とした世界がそこにあるということなのかも知れません。
もっと平たく言うと、一種類だけだと種類の概念が消滅して、何がなんだか分からなくなるのだと思います(笑)。
ここで言えるのは、そういう状態になるのは、そこに住む女性が原因なのではなく、そこに住んでいない男性が原因と言えないでしょうか(笑)。
そういう状態になる女性には責任がありません(笑)。
逆もまた真なりです。
男性ばかりの状態でも同様のことが起こるのかも知れませんが、今後の研究解明が待たれるところです(笑)。
今日の言葉。
・男性が存在して、初めて女性は女性たり得るのだと思います。
・女性が存在して、初めて男性は男性たり得るのだと思います。
・大人が存在して、初めて子供は子供たり得るのだと思います。
・子供が存在して、初めて大人は大人たり得るのだと思います。
・生があるから死を認識出来るのだと思います。
・死があるから生を認識出来るのだと思います。
・天があるから地を認識出来るのだと思います。
・地があるから天を認識出来るのだと思います。
くどくなるので、この辺でやめます(笑)。
(ここまでは、以前に書いた記事と同じです)
さて、この世は科学で証明されたもの、つまり目に見えるものだけが真理と思い込まれていると言えそうです。
ところが、科学的に証明された新発見は次々にされており、終点がありません。
どこまで行くのでしょうか。
そのうち、ノーベル科学賞も「神についての科学的証明」とかになるのでしょうか(笑)。
そして「神が科学で証明されましたので、ノーベル科学賞は今回にて打ち切りとなります」とかなったりして(笑)。
ところで前記の相対的存在を突き詰めて行くと、本物があるのは偽物があるから存在すると言えないでしょうか。
となると、本物の女性の中に現れた「偽物の女性」と「本物の女性」は、本物と偽物という相対的関係性の中にあるのでしょうか(笑)。
これ以上は、くどいどころか混沌の世界に入ってしまい、訳が分からなくなりそうなので、ここまでにします(笑)。
(前回コメント頂いた方々には失礼と思いましたが、時間の経過の中で新たな思いを書き加えました)
|