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徳川家康は武田信玄の前に、なすすべもなく負けたことがあります。
ひとり馬にしがみつき、命からがら浜松城に逃げ帰りました。
逃げ帰る馬上で無意識のうちに脱糞までしたと言われています。
家康がすごかったのは、そのあとです。
その姿を絵にして飾り、生涯の戒めにしたことです。
「本来の自分はこれだ」・・・と。
負けたときの自分というのは、一番忘れたいことだと思います。
言い換えれば、逆境にあるときの自分を客観視することぐらい難しいことはないと思います。
一般的に言えば、人生の中での負けや失敗の体験から得られるものは、その直後には表面的にしか受け止められないことが多いです。
しかし時間の経過の中でその時を振り返ると、客観的にその本質にあるものに迫ることが出来るものだと思います。
でも、家康は過酷な体験を味わった直後に本質的なものとして対面し続けたと言えそうです。
まるで第三者のような目でもって自分を観察しているようです。
家康がやがて天下人となったのは、ここに出発点を置いたからなのかも知れないと想像するばかりです。
さて、自分が頂点の時の写真を飾ったりする人は多いです。
はなはだしきは、銅像を建てたりします(笑)
そういう人は、勝った時や成功した時の達成感いっぱいの状態を忘れたくないのかも知れません(笑)
しかし勝った時や成功した時の達成感を持ったままの状態を言い換えると、進歩が止まった状態と言えないでしょうか・・・?
長い時間の経過の中で見るとほんの一里塚なのに、これがすべてと思い込んだ状態とも言えそうだからです。
秀吉には、そうしたところがあったのかも知れません。
それが「負けて人に見下げられたのではメンツにかかわる」との思いにつながっていそうだからです。
晩節での悪あがきを見ると、その感を強くします。
家康は、この状態に陥らなかったので徳川三百年の礎石となり得たように思うのですが・・・。
(この記事の内容は過去に書きましたが、時間の流れの中で出てきた新たな視点を書き加えてみました。
当時コメント頂いた方には大変失礼とは思いますが、お許し頂きたく思います)
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