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人は、境界や違いをはっきりさせて、ことの真実を見極めようとします。
納得して解釈したいからと思います。
しかし、時間を解釈しようとしても、時間には境界や違いがなく、体感もないので解釈のしようがありません。
時間の進み方は、具象的でなく抽象的と言えそうです。
時計の針が文字盤の上を一周するのは具象的で、ちょっと見、時間に見えますが時間ではありません。
移動という現象と思います。
もしや、時計の中に時間があるのかもしれないと思って、時計の中を見ても、そこにあるのは機械です(笑)。
時計が勝手に自己主張しているだけです(笑)。
日が変わる0時を挟んだ時間とて、その前後には何の違いもありません。
「アレッ!」と言う「間(ま)」もありません。(意味不明)
なので時間の説明はできないのですが、私たちは時間というものを知っています。
鴨長明の「方丈記」にある、「行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず・・・」も時間の流れを表現したのだと思いますが、私の想像力では、やっぱり具象的表現に引っ張られます(笑)。
常に流れ流れて止まることがなく、かつ、見えないものとしか言いようがありません。
「時は金なり」と言った人がいました。
でも、金の取り返しは、頑張ればできますが、一度過ぎ去った時間は再び戻りません。
最強の借金取りを自認する、ソノスジの人の力をもってしても、時間は取り返せません(笑)。
「時は金よりスゴイ」と言い換えるべきです(笑)。
最後になりましたが、時間の経過の概念を考えて見たいと思います。
まずもって、点はゼロなんだと思います。
時間ゼロの一瞬を、単なるしるしにしただけと思います。
無いけど在るです(笑)。
でも、この点も連続すると、それは線になり実体化するのだと思います。
これが時間の経過と言えるのかもしれません。
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