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空地に鉄条網が張ってあって、「敷地内立入禁止」の立て札があったとします。
そこに子どもたちがやって来て、服にひっかからないようにして、鉄条網をくぐろうとしたとします。
「敷地内立入禁止」の立て札を立てた地主から見ると、これは不快な悪い行為です。
でも子どもたちにとっては、不快な行為ではありません。
ドキドキ感を伴う「快」の行為です。
もっと言えば、その行為をしている側にとって、このことは「悪」ではありません(笑)。
行為をされる側が、勝手に「悪」と決めつけているだけのことです(笑)。
税金を取り立てようとして、請求書を送ってくる税務署は「悪」ではありません(笑)。
「悪」と思うのは、請求された側が、「税金を払うことは、不利、不快なことだ」と考えていることであって、これは自分を基準に考えていると言えそうです(笑)。
順番を待っている行列に割り込むことは「悪」と思います。
一般的に(笑)。
割り込む行為のドキドキ感を味わうために、そうする人はごくまれと思います(笑)。
遊びに出かけようとした人が、「雨が降って来て天気が悪い」と言う場合の「悪」は、それを体験している人にとって「嫌だ」「不快だ」ということです。
しかし農家の人にとっては、恵みの雨である場合もあります。
原始時代は、警察も裁判所も税務署も鉄条網も「○○禁止」の立て札も行列もありませんでした(笑)。
だからと言って現代よりも悪事が多かったと思えません(笑)。
脱線し過ぎました(笑)。
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