「負け」の経験こそ最強

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オシム監督が見た日本

日経新聞2007年1月31日付の、オシム監督の言葉に出会いました。

>千葉の監督になって驚いたことの一つが、負けたチームにサポーターがブーイングではなく”次はがんばれ”と励ますことだった。どうもこの国には結果だけにとらわれない文化がある、ということに気づいた。

オシム監督の経歴を見ると、選手時代から西欧のサッカーを多く経験しているようですね。
西欧諸国は合理主義ですので、「勝つ」ことだけがすべてなのだと思います。
見たことがないので無責任な想像ですが、西欧では負けたチームが罵声を浴びる光景は当たり前なのかもしれません。
そうした環境を多く経験したオシム監督だからこそ、結果だけにとらわれない、日本文化に感じるものがあったのだと思います。

一般的に、負けたチームの選手は、挫折感や屈辱感にある状態と思います。
その状態に身を置いて、ひたすら耐えようとするとき、”次はがんばれ”の声援は、負けたからこその、大きな力となると思います。
そこに生じるのは、「ファンのために、次は頑張ろう」の力と思います。
ファンとの一体感と言えそうです。
これは、自分以外の何かのために頑張ることに通じていると思います。

こうして考えると、結果だけにとらわれない文化は、日本の歴史の根幹部分にあっても、大きな力となっていそうです。
考えてみれば、「勝つ」ということは、過信、慢心、うぬぼれになりやすく、このことは進歩がなくなることにつながりやすい側面もあると思います。

徳川家康は武田信玄の前に、完膚なきまでに負けたことがあります。
そのとき、ひとり馬にしがみついて浜松城に逃げ帰りました。
その絵を、自分の部屋に飾って、生涯の戒めにしたそうです。

家康は剣の練習に励んでいる孫の家光に言っています。
「剣など練習してどうする」・・・と。
武力だけで勝ってどうする・・・という意味なのかもしれません。
この言葉は、「負け」を深く見つめているからこそ出て来たのでしょうか・・・。
徳川幕府の原点は、ここにあったことで、300年の長きに渡ったのかもしれません。

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