当社の取組と、土木、解体工事等の不定期更新です。

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十日町市倫理法人会モーニングセミナー
株式会社村山興業
代表取締役 村山広幸


東日本大震災の対応1〜5

ボランティア活動

社会貢献で表彰

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沿岸部(若林区・宮城野区)の続きです・・・・・
 
津波の猛威は経験した人でなければわからない・・・・・
 
当社従業員も沿岸部の解体作業中に、津波警報・注意報により何度か近隣のビルに避難した・・・・
 
もしもの時には、”まず人のことより自分のことだけを考えろ”と言っていた・・・・・
有事の時は”第三者”を心配することも大事だが、一人ひとりが責任を持って行動し避難することも大事という教えもある・・・・・・
 
 
右と左のコンクリート造の建物は、震災・津波前に同じ位置にあり、左の建物は手前の基礎の上に立っていた・・・
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津波の影響で道路反対側へ流された・・・・・
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台風の影響で、見渡す限り1mくらい浸水したこともあった・・・・・・ 
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当社の1年6か月にもおよぶ被災地での解体工事は終盤に差し掛かっている・・・・
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仙台市最後の解体工事は5階建てマンションだった・・・・・ 
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建物は外見から見た感じでは被害がないと思われたが、基礎が・・・・・
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隣接する家屋との隙間がない・・・・・
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養生足場も防音シート待ちに・・・・・・・
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新潟からはベース機の搬入に向けて出発準備・・・・・・
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一時仮置き場の岩沼市から解体現場搬入・・・・
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ベース機とロングアタッチメントを取り付け・・・・・・
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先端クラッシャーも取り付け・・・・
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隣接する家屋に気を付けながら解体を進めてゆく・・・・
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解体工事も完了し、引き揚げ準備・・・・
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仙台市でのすべての解体工事が終了した・・・・・・
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解体工事動画
 
 
 
 
 
仙台市引上げ動画
 
 
 
 
 
 
 
1年6か月にもおよぶ仙台市での解体工事及び、支援活動は終了した・・・・
現地の元請け様、近隣の皆様と様々な人たちと出会った・・・・・
終わってみると、皆さん大変なのに私たちに気を使ってくれた・・・・・・
 
当社が仙台市で活動している間にも新潟では豪雪から始まり、夏には新潟・福島豪雨に見舞われた・・・・
当地でも不眠?、普及の復旧対応が続いた・・・・・
 
後に更新するかも・・・・
 
東日本大震災で特に印象に残ったのが沿岸部での活動だった・・・・
慣れない環境下で、常に緊張感を保ちながらの活動は精神的にも、体力的にも大変だったに違いない・・・・
見渡す限り何もないということの違和感は、私も含め従業員も生涯忘れないだろう・・・・
 
・・・最後に、今現在も行方不明の方の早期発見と、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします・・・・
 
・・・・・完・・・・
 

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家屋の解体工事では今までの経験したことを生かし、ごく当たり前の段取りで作業した・・・・
 
近隣の方々にあいさつは当然のこと、言葉遣い、服装などにも細心の注意を払った・・・・
 
そんな中で、作業を続けていくうちに改善すべきことはすぐに実行した・・・・
 
各種工事看板設置・・・
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一時集積場乳所許可証・・・
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災害復旧活動車許可証・・・・
地元、仙台建設業協会様から・・・・
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みやぎ県復興ロゴ・・・・
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当社解体工事の服装は新潟でもどこでも、社名入りの青いつなぎ・・・・・
当然粉じん対策として、防塵マスクも着用・・・・・
 
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青いつなぎ・・・ 
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青いつなぎ・・・・
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転落防止の親綱を張り、安全帯使用・・・・・
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最初の解体現場は仙台市太白区の某所・・・・・
丘陵地に建てられた住宅だった・・・・・
 
沿岸部ではないため津波の被害というよりも土砂崩壊による地割だった・・・
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住宅地は想像していた以上に狭く重機はほとんど自走だった・・・・・
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丘陵地の住宅街なので、隣の敷地からの解体作業・・・・
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時には道路から解体作業を余儀なくされた・・・・
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というより、ほとんど道路からの解体作業であった・・・・・・
当然、誘導員を配置していたが近隣の方のご理解、ご協力のおかげであった・・・・
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道路幅員が狭く、重機が居座ると何も通れなくなっていた・・・・
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ようやく敷地内に重機が入っても・・・・・・
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廃材を積込むために・・・・
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また通行止めに・・・・・
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通勤車両の置場もなく・・・・
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近隣の皆さんに色々なご迷惑をおかけしながら・・・・
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一軒ずつ完了させていった・・・・
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解体工事も順調に進みしばらくすると、沿岸部(若林区・宮城野区)の解体工事も依頼が来た・・・・
 
敷地に余裕のあるところは、養生足場も設置し・・・・
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誘導員を配置しながらの解体作業は当然のことである・・・・
 
・・・ここの施主様は、中越地震の時に十日町市へ電力関係の応援に来ていたそうだ・・・・
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粉じん対策での散水作業・・・・
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一時集積場へ持ち込む廃材は、一台一台写真を撮って元請け様に提出・・・
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時にはこんなサイズの”雹”が降ってきた・・・
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沿岸部の側溝整備等は後回しにされ、台風の影響で平地に設置していたトイレが流されたこともあった・・・・
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しばらくすると移動コンビニも・・・・・・
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現場調査の途中で・・・・
宮城野区の工場では・・・・
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想像を絶する世界が広がっていた・・・・
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海岸から100mほどの若林区の住宅街では・・・・
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この地点での津波の高さは約10mにもおよんだ・・・・
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慣れない環境下での解体作業はまだまだつづく・・・・・・
 
Vol.5へ・・・・
 
 

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山元町での活動を終了し、6月25日からの仙台市で対応した家屋解体工事の状況です。
 
交流のある地元(新潟)の業者と乗り込んだ・・・・・・
 
・・・・仙台市では、一緒に乗り込んだ業者と交流のあるK建設様の下請けという形で解体作業に取り掛かった。・・・・
 
後にも紹介するが、震災時の解体作業においては中越・中越沖地震の経験が役に立った・・・
 
被災地では資材も調達できないため必要なものは地元から準備・・・・
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通勤車両も・・・・・
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セルフに2台積んで・・・・
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仮設トイレ・簡易倉庫もこちらから・・・・・
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解体機も・・・・・
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東北自動車道は燃料運搬時よりは、走りやすくなっていた・・・・
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菅生パーキング・・・・・
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ようやく仙台南インター到着・・・・・・
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廃棄物コンテナも後に到着・・・・
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震災前に取り壊し予定であったアパートを借りて・・・・・・
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バス・トイレ・キッチン付きの部屋を二部屋借りて・・・・・・6人で生活イメージ 32
 
新潟にいたときは料理とは無縁だったが・・・・
 
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全員で協力して・・・・
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よく頑張った・・・・
・・・共同生活は、1年6か月にもおよんだ・・・・
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被災地入りしての初動調査は、現地のライフライン、被災された方の習慣、解体家屋の現地調査・立会いであった。
 
当然ところ変わればいろいろな生活習慣があるわけで・・・・・
 
自分たちの住んでいるところとは違った考え方もある・・・
 
・・・そこに住んでいる人たちの気持ちを第一に考えなければならない・・・
 
第二に、がれきの一時集積場の状況を知ること・・・・・・
 
各品目ごとの受入れ基準の把握・・・・・
 
震災瓦礫は一般廃棄物の分類であるため、K建設様の通行許可証を使用・・・・・
 
都市ガスの杭・・・
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止水栓の位置確認・・・・
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がれき一時集積場(蒲生地区)・・・・・
その他近くに荒浜一時集積場もある・・・・
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一時集積場の全体図・・・・
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一時集積場が開設して一か月ほどで巨大な山が・・・・イメージ 13
 
あらゆる”がれき”を持ち込み、ここで再分別を・・・・
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持ち込み業者が多種多様で受入れ基準に合った”がれき”の分別ができていない・・・・
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自動車は、一か所の一時集積場で数万台にも達していた・・・・イメージ 17
 
現地元請け様から一時集積場の入場許可証をもらい・・・・
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持ち込みOK・・・・
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乗り込みから半年ほどで・・・
がれきを減容化するための焼却施設も急ピッチで建設されていた・・・・
 
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乗り込んでからの感想は、今回解体作業している仙台市は同じ被災地である山元町での活動と違って、すぐそばに被災された方が生活をしていることだった。
 
同じ被災経験を持つ当社及び、従業員にとっては過去の経験を活かしつつ最大限の配慮をしながらの作業が続いた・・・・・・
 
Vol.4へ・・・・

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当社の震災対応の続きです・・・・・・
 
・・・・第10特科連隊発刊の”野戦報”の続きから・・・・・・
 
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・・・当社が、捜索・がれき撤去活動終了の段階では、依然約700名の方が行方不明だった・・・
 
亡くなられた方、依然行方不明の関係者の方に対しましてあらためてお悔やみとお見舞いを申し上げるとともに、依然、行方不明の方の早期発見をお祈りいたします。
 
・・・最後に、御礼状一部抜粋の紹介で当社の山元町での震災対応を終わります・・・
 
・・・”東日本大震災における災害派遣活動中におきましては、多大のご支援を頂き本当にありがとうございました。我々隊員一同は、現地到着以来人命救助、行方不明者の捜索等に引続き、瓦礫の除去作業を実施してきたわけでありますが、復興支援の段階において、皆様とともに山元町で作業を実施できたことは一生忘れることはない誇りであります。・・・・中略・・・・将来、決して遠くない将来にまた山元町を訪れ、その地で私どもの家族また知り合いに、皆様と復興支援した場所を誇りを持って紹介できることを楽しみにしております。”・・・・
 
                            第10特科連隊第一大隊第二中隊長 
                                           一等陸尉      
                                           中隊一同

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