セピアおじさんのランダム・ストーリー

皆様にとって、今年も佳い年となりますように!

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人魚のミイラ

            人魚のミイラ  (日常637)
 新年明けましておめでとうございます。 またまた長期間ブログアップを中段いたし、この間ご訪問頂きました皆々様には深くお詫び申し上げます。これからもアップ回数は少なくなると思いますが、引き続き皆々様のお越しをお待ち申し上げます。
実は人魚姫の最終部分をアップする予定だったのですが、中断してしまいましたので、その部分を取り敢えずアップさせて頂き、改めて再スタートさせて頂くことに。

私自身「人魚が実在していた!」など皆さんと同様(多分)、思ってもいませんでしたよ。 しかし、時事通信社さんの写真と記事をみて「もしや!」と思った次第です。 その時事通信社さんの写真と記事を改めて読み返してみると「人魚は存在していたかもしれない!」と。
その記事は次のようなものでしたので、ご紹介させて頂きます。
 
世界遺産・高野山の麓にある西光寺の学文路苅萱堂(かむろかるかやどう)=和歌山県橋本市=には、「人魚のミイラ」と伝わる寺宝が眠る。 千数百年前に滋賀県の蒲生川で捕らわれたといわれ、不老長寿や無病息災を願う人々の信仰の対象となっている。
↓ 西光寺・・2014年5月撮影(時事通信社)

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  苅萱堂は浄瑠璃や琵琶歌で知られる、平安時代末期の親子悲話「石童丸物語」ゆかりの寺。出家した父・苅萱道心を捜して高野山までたどり着いた石童丸と母・千里ノ前だったが、女人禁制のために石童丸だけが入山。麓の宿で一人待ち続けた千里ノ前は、石童丸が戻る前に没してしまい、この地に菩提寺が開かれたという。

 その千里ノ前が日頃から傍らに置いて崇拝していたと伝えられる「人魚のミイラ」。今も千里ノ前座像のそばに安置されており、苅萱堂に伝わる数々の秘宝の中で最も謎に包まれている。

 
↓ お道内に安置されている「人魚のミイラ」・・(201405月撮影) 【時事通信社】
  体長は約60センチ、千里ノ前の座像そばの飾り壇に納められている
イメージ 4

 
人魚のミイラを写真でははっきりとは確認できませんが、魚の頭部に顔があるように見えますから、「どっちに顔があっても良いではないか」とは言えないようですね。となれば。人魚姫の衣装を纏った可愛いお嬢さんの方の姿が正しそう。
 

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             マーメイド号太平洋横断  日常636)

 マーメイドと言えば我々の世代だと「堀江謙一青年 マーメイド号で太平洋横断」を思い出しますね。 今から55年前の昭和37年5月12日、堀江青年が長さ2.8mの小型ヨット「マーメイド号」に水20リットル、米40kg、缶詰200個を摘んで西宮港をアメリカに向けて密かに出航したのです。
そして8月12日にサンフランシスコに無事到着し、世界中が驚いた。
このニュースに日本中が湧きかえりました。
当時は小型ヨットによる渡航は禁止されていましたから、密出国と言う事になるのですが、太平洋横断の世界最小ヨットだったからたちまち英雄に。

1ドルが360円の時代でしたが、そのマーメイド号を異国の地で、じっくりと見る機会に恵まれたのは幸運でした。

↓ マーメイド号と若かった頃のセピアおじさん
    サンフランシスコ港にて(1975.5.31
イメージ 1























 
今頃思うに、小さなヨットで無事太平洋を横断できたのはヨットの名前が良かったのでは!
堀江青年が眠っている間、沢山の人魚が現れてマーメイド号を押したり引いたりして呉れたのではないかと!
 

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違和感

             違和感  (日常635)

 このところブログの更新を怠り、ご訪問頂いた方々には大変失礼を致しました事、
お詫び申し上げます。
ところで近年の天候は異常ずくめが多いように感じますね。
7月は当地では雨らしい雨は殆ど降りませんでしたが、肝心の8月になると不順な天候続きで、夏休みの子供達が可哀そうです。
今日の朝刊によれば東京都は8月になってから14日連続で雨が降ったそうです。
間違いなく今日も降ったと思いますよ。

今日の日経朝刊の一面に東京都練馬区の「としまえん」でナイトプールを楽しむ若い女性がマーメイドの衣装を着けた写真が掲載されていたのには驚いた(笑)。
何んとも可愛らしい美人の人魚さんでしょう。
このところ海や川の水難事故が多発していることを思えば、ナイトプールだと水難事故の心配も少なく、日焼けの心配もない。残業帰りでも楽しめると、都内のホテルなどでも開設が多いそうです。

↓ 人魚姫衣装の素敵なお二人さん・・日経(2017.8.15)より
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 次の絵は人魚は人魚でも上下が逆で、何んとも気味が悪いですよね(笑)。
同じ日経の文化蘭に掲載されたものですよ。
その解説も載せましたので是非お読みくださいね。
↓ これも人魚ですよ・・日経文化蘭(2017.1.12)より
  是非次の解説文章もお読み下さいね(笑)。
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↓ <絵の解説文> ・・日経より
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        昭和31年からのお年玉郵便切手  (日常634)

 切手に興味を持ち始めたのは上京した昭和33年頃からで、今から59年ほど前の事です。 手元にあるお年玉郵便切手で最も古いものは昭和31年のものです。
抽選の例にもれず、お年玉郵便切手抽選に外れた年もあり、その年のものは無い。
その抽選に外れた年は当選した人から譲ってもらったと思われるが、昭和46年と
52年のものは持っていない。

↓ 昭和31年と32年のお年玉郵便切手
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お年玉郵便切手に描かれた絵をご覧下さい。 干支の絵が描かれた切手に慣れ親しんだ方からすれば、この絵は奇妙に感じられるでしょうね。 
当時はおめでたい絵柄と干支の絵柄が混在していました。
次のような奇妙な絵柄もありました。
↓ 干支ではないものの例
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 現在の様に干支の絵柄が定着したのは昭和51年から  で、台紙の絵柄もしだい次第にカラフルになり、凝ったものになって楽しませてくれるようになりましたね。
 

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             ラッキーナンバー「45」  (日常633)

 今年のお年玉切手の当選番号は下2桁が 「4551」 でしたね。
当選確率は2%ですから非常に低いわけです。 昨年1月に兄の一人が他界したこともあって、年賀状を自粛したことや現役を引退してから20年近く経ったこともあって、受け取った年賀状は例年と比べ、とても少なかった。
ところが年賀状と当選番号を照らし合わせたところ、驚いたことに「45」だけ6枚もあったのです。

↓ お年玉切手の当選年賀ハガキが6枚も
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 確率的に考えれば年賀状を300枚も受け取った時の当選枚数ですし、更に驚いたのは、「51」が1枚くらい混入していても良さそうだが、全て「45だったのです。 
最近は諸届にも暗証番号が必要なものが多く、覚え易い番号がすでに無くなっているので、このラッキーナンバーを使う事にするか(笑)。

それともう一つ、お年玉切手の外枠の台紙が工夫されていますが、皆さんお分かりでしたか。 今までのお年玉切手には無い仕様となっています。
同じものを2枚並べて見ましたのでご覧下さい。

↓ お年玉切手の下に黒い紙を置いた場合   ↓ 白い紙を置いた場合
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