セピアおじさんのランダム・ストーリー

皆様にとって、今年も佳い年となりますように!

二年生4・5月

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(画像・・ハマチ網漁のイメージ。 上部の船図は櫓船の様子で、僕は網の片側を投入する役です。
     下部の図は真上から見たハマチ漁の概念図の積もりです。
     ハマチの湧きを沖合いから海岸方面へ2艘の櫓舟で囲むように、網を投入し、網が海底に到達
     した頃、拍子木でいきなり船べりを叩き、ハマチを驚かせる。
     驚いたハマチは垂直に海底まで潜り、逃げる時に網にかかると言う訳です。
     ○数字は船の進行方向です。 ヒドイ図ですみません。)

昭和二十八年五月三十一日(日)天候 大雨

 今日は朝七時四十五分に起き、楽譜を練習したり、バリトンを吹いたりした。
今日は大雨で外に出られないし、楽器があまり大きな音がするので押入れでやった。

昼からは社会の図を書きに学校へ行かねばならないので、出ようと思ったら新屋の子供が「ハマチが見える」と言って来たので、学校へ行くついでに見てやろうと思って出て見た、ハマチのわきがあまりにも大きくて、いその方なので、帰って父に教え、走って坂の上もどって見たらまだわいていた。

僕も船小屋に行ってみたら、角屋の氏が「一人足りない」と言われたので、新道の家から「みの」と「ぼうし」を借りて出た。 出て西に向かったら、直ぐ船の前にわいたので網を打った。
あまり気がせったのでいい具合にならなかった。 今日も失敗はしなかった。

なかなかとれなかったが、東の船は六本とれたが西の船は五本だった。 あみを上げてから見ていたら、沖の方にわいたので行きかけたら、他の船がやってしまった。 発動機船にはかなわない。
船小屋に帰ってからハマチを一本もらった。

(注) ハマチが見える=ハマチの大群が小魚を追って水面に現れ海面の色が変わること、
    出て見た=海が良く見える集落東外れの高台に行って見たら、
    一人足りない=ハマチ網漁は2艘の船にそれぞれ4人乗船してやる為8人が必要、
    新道の家から「みの」と「ぼうし」を借りて出た=船小屋の近くの国道のそばの家から
    蓑(藁を編んだ雨合羽)と雨よけの麦藁帽子を借りて乗船した、気がせった=気がせいた

<コメント>
 バリトンの音が大きいので押入れの中で吹いてみたが、うるさいと言われたのだろう、止めて学校へ
 行こうとしたが、ハマチの湧きに遭遇し、学校の事などすっかり忘れて、人数が不足するのを願って、
 船小屋に走って行っている。

 雨降りでしかも急な出漁なので案の定一人足りない。 蓑と帽子を借りて船に飛び乗っている。
 好きだったからね。 親父も良く許したものだが。

 ハマチ網漁は四人乗船の船二艘でやるので8人いないと出漁できないのです。
 背に腹は代えられない。 僕はそこを狙っているわけです。
 この日は11本しか獲れなかったが分け前を1本もらったので、親父の分も合わせて、我が家には
 この晩2本のハマチとなったわけです。
 学校へは! そう言えば、そんなことありましたね! 僕にはもうどうでも良くなっていた。

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(画像・・明治35年、「陸蒸気」が境港駅から御来屋駅まで開通した、当時の姿に復元された現在の
     山陰本線御来屋駅舎です。
     待合室にはダルマ・ストーブが置かれており、旧事務室は町の特産物直売所「みくりや市」
     になって、近くの農家が生産した農産品が主として販売されている。)

昭和二十八年五月三十日(土)天候 晴

 今朝は遅かったので一人で登校し、学校に着いたら、今日国語のテストがあるので国語をやった。
一校時の社会の時間は今までの研究物を見てもらい、僕たちの班はしかられなかったが、他の班は質問されていた。 先生はそれから僕たちに民族分布図を書いてくれと言われたので書いた。

午後クラブ活動の柔道をやっていると、光徳村出身の者は帰る用意をして玄関前に集合するように言われたので、だれもが集まっていた。
僕も何だろうと思って、蔵田君とテニスコートを通って行って見ようとしたら、栗村先生にしかられたが、行って見たら、校長先生がころされたのだわ、人が死んだのだわ等と言っていたがどれも、違っていた。
どうも光徳村の生徒が御来屋駅前の新聞屋で、新聞くれと言って、お金を取って逃げたと言うので、男子は全部調べられたらしい。 御来屋警察の田川さんも来ておられた。

今日また楽器のバリトンとアルトがきた。 今日は先生がやってみろと言われたので、やったら出来たので僕はバリトンをやることになった。

バリトンの練習をしていたら、2年の委員会があるので各学級の委員長は集まれと言われたが、めんどくさいので遠藤君にかわってもらって行かなかった。
そしたら遠藤君が帰ってきて、「君は二年全部の委員長になった」と言うので腹が立った。
委員会に行かなかった者は全部委員にさせられたそうだ。

今日は先生が楽器を貸してやると言われたので、もって帰った。 国井君と蛇の川で吹いた。
今夜、大塚で身元不明の女が自殺したそうな。 今日は夜八時から会場で子供会があるので集まってやった。

(注) 蛇の川=名和川の支流で集落外れを流れている川の土手で、
    大塚=庄内村の東外れの大塚集落付近の線路で、会場=公民館
<コメント>
 御来屋駅前にある新聞店で現金の盗難事件があり、そこを通学路としている、生徒ではないかとの疑い を持たれたのだろう。
 おまわりさんも来ておられ、大騒ぎとなったが、この件はその後、何の話題にもならなかった。

 学年委員会を欠席したから、欠席裁判にかかって、欠席した者が委員にさせられて、くやしがている。 器楽部にも入っていたから、バリトンという楽器をやることになったが、これがあまり大きな音がする ので、家で練習しろと言う訳。
 友達と持って帰り家ではうるさいので、集落から300メートル位離れた蛇の川の土手で練習した。
 集落の人も聞いたことが無い音に驚いたかも知れません。

 この頃、線路脇を歩いていて列車にはねられる人がいた。
 線路は近道となるから、良く線路のそばを歩いたものです。
 マント等の着衣が舞い上がりSLにひっかることもあったのです。
 当時、集落の近くで列車に引かれた人を僕は2人見た。

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(画像・・右下の廊下の真ん中に一列に並ばされて立たされ、格好が悪かった。)

昭和二十八年五月二十九日(金)天候 雨風強し

 今日は英語の試験があると思って朝早く学校へ行った。 今日は朝から強い風が吹いていた。
学校では少し遊んでから勉強をした。 軽いテストがあった。
三校時の職家の時間は図書室で本を見て遊んだ。

今頃は森山君のことを「アチャコ」と言うし、桑田君のことを「山ねこ」と言ってどまかいている
理科の時間は答案用紙を返してもらった。 31点満点で25点だった。

六校時の音楽の時間は自習だったので、だれもで遊んでいてしかられ、ろうかの真ん中に一列にならばされた。
帰りは強い風であったし、雨も降ったが遠藤君の自転車でぬれてもどった。

(注) アチャコ=当時人気の漫才師、どまかいている=からかっている
<コメント>
 雨風が強く海の漁は出来ないから、比較的落ち着いているようだ。
 同級生を当時人気があったアチャコだと言ってからかっている。 今で言ういじめなのかなあ〜。
 音楽の時間に遊んで生活指導の先生に叱られ、皆廊下の真ん中に並んで立たされた。
 これは格好悪かった。

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(画像・・田植えの機械化が進み、今では見られなくなった当時の田植え風景。)

昭和二十八年五月二十八日(木)天候 晴後曇

 今朝六時ごろ「ハマチが見える」と言って来られたので父は出られた。 僕も六時過ぎ、自転車で坂の上まで出て見たら、まだ湧いていなかった。 少ししたら、たけちゃんが来て「自転車に乗せてくれ」と言うので「どこへ行くのだ」と聞いたら、「浜手に行く」と言って箱を持っているので、乗せてやった。

七時ころ初めて打った。 帰ってご飯を食べようと思って時計を見たら、七時十五分にもなっていたので、おろたえて食った。
また、坂の上にいたら長谷君達が来て「乗せてやろう」と言うので、乗せてもらった。

今日の体育の時間はバレーで一軍は半分も取らせずに、二勝したが二軍は一勝一敗だった。
選択の時間はひなん練習があった。
六校時の数学の時間はテストの紙を返してもらった。 五十五点で今までで一番悪い点だった。
だれもが六十点以下だった。 ハマチは一本しかとれなかったという。
もう栄さん家は田植えをされた。

(注) 坂の上=集落の東外れの高台、たけちゃん=同級生の弟、「浜手に行く」=海辺の近くの田圃、
    打った=ハマチ網をまいた、おろたえて=あわてて、
   「乗せてやろう」=学校へ行く自転車に乗せてやろう
<コメント>
 相変わらず朝からご飯も食べずに、ハマチの湧きを見に出たり、忙しく動き回っている。
 こんなに遊んでばかりいるから、数学の試験が悪いのも当然かも。
 登校時刻が遅くなったが、庄内村の上の方から自転車で通学する者が下ってくる。
 その中に仲良しの長谷君(故人)がいて、乗せてもらって助かった。

 ハマチは獲れなかったようである。
 この集落でも、田植えが始まったようである。当時は田植え定規を用いてする田植えであった。

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(画像・・これも走り幅跳びの一種です? 後方は神奈川県の江ノ島です。)

昭和二十八年五月二十七日(水)天候 晴

 今朝「ハマチが見える」と言って父は出られた。 貯金日なのに金をもらえないので母にもらった。 七時四十五分に家を出て、学校に着いたら直ぐ掃除が始まったので、柔道場へ行って遊んだ。
今頃は掃除をあまりしない。

四校時の体育の時間は走り幅跳びだった。 僕は四メートル六十八をとんで一位になった。
二位は尾山君の四メートル六十五だった。 昼の休憩は大西達とバスケットをした。
昼は柔道で西尾先生とやって、えっと投げられた。 貯金をしてから帰った。

帰ってから山羊を連れて帰った。 帰りがけ宮川先生と押村先生に出会い、いろいろ聞かれた。
帰ったら父は「さあだ」に行かれた。
夕方、新屋のおっつあんがハマチが見えると言われたので、自転車で父を迎えに行ったが、もう陽が沈んでいた。
今日はかみをつんでもらった。

(注) 「ハマチが見える」=ハマチの湧きが見える、貯金日=郵便局へ修学旅行費用の積み立てをする日、
    えっと=随分と、山羊を連れて帰った=海岸近くの草地に繋いでいた山羊を連れ帰りに行った
    「さあだ」=蛇の川の先にある田圃、おっつあん=小父さん、かみをつんで=散髪をして
<コメント>
 掃除の時間になると、柔道場に逃げ込み、掃除をサボっている。
 今日は修学旅行費用を郵便貯金で積み立てる日だが父に金がもらえないので、母にもらった。
 体育の時間は走り幅跳びで4.68メートルを跳んで一番になったと、得意になっている。

 夕暮れ時、山羊を海辺の草地から連れて帰る途中、理科と選択の先生につかまり、いろいろと何か聞かれたらしい。
 夕方、ハマチが湧いたらしいが太陽が沈んでしまい、涌きも見えなくなるので漁には出られなかった。
 父にバリカンで丸坊主にしてもらった。

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