カヨです。

豊かな実を結びますように〜日々祈りをこめて

切ない記憶

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切ない記憶・最終回

 
 デーちゃんと文通を始めて6年目のことだった。
 
 クリスマスの時期になると、毎年必ずクリスマスカードを送ってきてくれた。

 その年のカードの内容は、いつも送られてくる内容とはちょっと違っていた。

 その内容はこんな感じだったと思う。
 
 『復活した十字架に架けられたイエス・キリストが、
  
  輝く朝日のような光に包まれている、
   
  その姿を仰ぎ見ている小生…』
 
 今、思い出した。そういえば、デーちゃんは自分のことを手紙の中でいつも『小生』って書いてたなあ。

 デーちゃんはイエス様信じてるんだろうなあ。。。
 
 このカードを見てそんな確信みたいなものを感じた。
  
 
 『春になったら、会いませんか?』
 
 と書いて、私からデーちゃんに手紙を送った。
 
 その頃ちょうど私が片思いしていた人がいて、その人に振られたこととかあった。
 
 何をやってもパッとしないし、自分の進む道にすっかり自身を無くしていた頃でもあった。
 
 もうずっと文通しているデーちゃん。
 
 デーちゃんは私のことを誰よりもよく知っている。
 
 私はこの文通に支えられてきたところが大きいと改めて感じた。
 
 ♪若すぎるから
  遠すぎるから
  会えないから
  会いたくなるのが必然♪
 爆風スランプの「大きなたまねぎの下で」の歌にもある。

 初めて病院のベッドで会った時のデーちゃんは、とても自分の思い描いていたイメージとは違っていてた。あれは絶対年ごまかしてると思う。
 
 人は見た目で判断しちゃいけないけど、正直おじさんに見えた。
 
 それでもいいから、私はデーちゃんに会いたくなった。
 
 それは、私の中で何かをはっきりさせたいって、感じていたからだ。

 
 私たちは、お互いの住む町のちょうど中間地点で、会うことにした。 
 
 高速道路を目的の場所まで車を走らせた。
 
 デーちゃんに会うのは、病院にお見舞いに行って以来だ。
 
 駅の前で待ち合わせた。すぐにデーちゃんがいると分かった。
 
 久しぶりに会った印象は。。。あの頃よりちょっと太ったかな。
 
 髪型はサッパリときちんと整えてあるぞ…。

 近くの喫茶店に入ってケーキとコーヒーを飲んだっけ。。
 
 あれ?はじめてあった時と何か違う。。。私はそう感じていた。
 
 前はもっと大人でもっと大きなイメージだったデーちゃんが、何か前よりもすごく小さく見える。
 
 初めて会ったのは21才の時だった。あれからもう5年以上経っている。
 
 私も歳を重ねたからだろうか。
 
 デーちゃんが小さく見えたのは、自分が大人になったからなのか?
 
 改めてデーちゃんをまじまじと見る。
 
 奥歯が虫歯で痛むらしく、しきりに右の頬を押さえているデーちゃん。
 
 店を出て歩き出した。早歩きで歩くデーちゃんの背中はやはり片側に傾いて曲がっていた。

 ヘルニアは良くなったが、あまり無理はできないらしい。
  
 目の前には長年文通して、たまに電話で話していた相手がいる。
 
 デーちゃんとは[文章]と[声]だけの世界でずっと交流をしてきた。
 
 私は半分現実であり半分妄想の世界で過ごしていたということに、今更ながら気がついた。
 
 自分がこのとき感じたことを表現するとしたら、不思議で変な気分という感じだろう。
 
 私はある意味大人になったのかもしれない。
 
 別の言葉でいえば、私は夢から覚めたのかもしれない。そんな気がした。
 
 そしていつもの生活に戻った。
 
 この後、何回か手紙を交換した。
 
 でもいつの間にか手紙も電話もしなくなっていた。
 
 私から出さない限り、彼から手紙が来ることはなかった。。。。
 
 あれから、デーちゃんと交流した7年間以上の月日が流れた。。。
  
 時々懐かしく思う。
 
 デーちゃんは今も生きているだろうか…? 
 
 もう会うことはないだろう。
 
 もし今度会うとしたら、『天国』で会えるんだ!!と思うと、ちょっと嬉しい気持ちになった。
 
 
 おわり
 
 
 
 
 読んでくださった方、どうもありがとう。
 どんなことでもいいので、ひとことコメントください。
  

  
  

続・切ない記憶

 手紙では、私より7歳上というから、29歳くらいになるはずだ。
 
 初めて会ったデーちゃんは、思っていたよりももっと年上のような印象だった。

 髪が長めで、ヘビメタ風で、ワイルドなデーちゃんのイメージを勝手に作り上げていた私だった。
 
 けれど、それとはちょっと違っていた。。。。
 
 髪は短くて、ずっと寝ているからか、チョットぼさぼさ髪で、少し痩せていた。

 起き上がった時に、肩から右上がりに背中が曲がっているのに気がついた。 
 
 ベットの脇の棚の上には、いつも手紙を書いている見慣れた横書きの原稿用紙があった。
 
 デーちゃんはマジックを私に渡して、「これに名前と日付書いて」と言って『キリスト教ガイドブック』を差出した。
 
 少し私も緊張しながら、名前と何て書いたか忘れたけど、メッセージをひとこと書いたのを覚えている。
 本当はもっと長くいたかったけど、いざとなると会話はほとんどできなくて、してもあまり続かなかった。
 ちょっと気まずい雰囲気だったなあ。

 『それじゃあ』と言って、帰る時には辛そうな体で、ナースセンターの前まで見送ってくれた。
 記念に写真を一枚撮ってくれた。
 
 3時間以上バスに乗ってきて、会ったのはほんの20分くらいだったが、実際はもっと短く感じられた。
 
 帰りの列車の中、今度は涙は流さなかった。
 
 たった20分くらいのためにわざわざ4時間くらいかけて往復するなんて…私って…本当に若かった!!

 それからもしばらくは文通は続いた。
 キリスト教に関してもイエスキリストについての理解も、手紙の内容から少し分かってきてくれているようだった。
 また、幾つか近くの教会に行って、牧師さんと話をしてきたことが書いてあったり、その教会の案内を送ってきてくれることもあった。
 
 けれど、しだいに文通の回数が減ってきた。週に1回から2,3週間に1回というふうに。

 だんだん私は手紙を書かなくなってしまった。
 その頃いろいろ忙しさもあって、手紙を書くことからすっかり遠ざかっていった。
 同じ頃ちょうど携帯電話を持ち始めたこともあって、電話を月に1回くらいしていたなあ。
 それ以外は2年間くらい、年賀状だけを出していたと思う。

 デーちゃんからは毎年クリスマスカードが届いていた。
 いつも相変わらずイエスキリストについての理解が?って怪しい内容で、カードを見れば大体分かった。
 
 でも、その年に来たクリスマスカードの内容は、いつもの感じと違っているのに気づいた。
 いつもと違って、すごく素直にイエス様を表現している内容だった。
 
 それは6年目の頃だったと思う。

 このあと、もう少し続きがあるんだけど、
 今日はここまでにしよう。
 読んでくださった方、どうもありがとう。
 コメントくだされば嬉しいです。
  
 

切ない記憶

 ブログを始めてみて思うことがある。これって、昔やってた文通とかぶるなあって。
 特にyahooのブログだといろいろな人と交流できるからかもしれない。
 私の中に昔味わったことのある懐かしい感覚と、『切ない記憶』が心の中に蘇ってきた。

 ……デーちゃんはまだ生きているだろうか?
 
 あれは私がまだ19歳の時だった。「ロッキン・オン」の文通しましょうの記事をきっかけに文通を始めた人がいた。
 
 好きなミュージシャンが同じだと言う共通点から、音楽のことやいろんなことを手紙で書いて、交換し合っていた。
 
 ちょうど文通を始めて3ヶ月くらい経った頃だった。先の『救われた時のこと』の記事の内容の時期とちょうど重なるのだが、それは私が生まれて初めて教会に行ったという、ちょうどその時期だった。
 
 手紙では、7歳年上と言うデーちゃんに『今日、教会に行って、イエス様を信じたんだ』と手紙に書いて送った。
 
 すると、すぐに手紙の返事が返ってきた。『実は自分もクリスチャンなんだ…。』
 同じ時期に2人もクリスチャンに出会ったということに、私はその場に泣き崩れたのを覚えている。
 
 実際には、デーちゃんはカトリックで洗礼を受けて、クリスチャンといってもチョット!?怪しいところがあったのだが。
 
 そのときは私はまだイエス様を信じたばかりで、何も分かっていなかったから、私を教会に連れて行ってくれたクリスチャンに色々聞きながら、デーちゃんとは文通を続けていた。
 
 そのクリスチャンとはしばらく遠距離恋愛をしていたが、その後長くは続かなかった。
 
 そんな私の恋の傷心に、デーちゃんは手紙や歌を録音してくれたテープで、励ましてくれたりした。
 
 実は、手紙では職業がギターのリペアマン(修理屋さん)で、楽器屋に勤めているというデーちゃんだった。
 
 文通を初めて1年くらいした時、私は内緒でデーちゃんに会いに行こうと思った。
 
 列車に乗って約4時間。関西にあるその楽器屋を訪ねた。
 
 だがそこにはデーちゃんの姿はなかった・・・。そんな人は働いてもいなかった。
 
 私は帰りの汽車の中、ずっと涙が止まらなかった。
 
 デーちゃんをどこまで信じていいのか、分からなくなった。
  
 今の私だったら、その時点でもう終わっているのだが、あの頃私は若かった…。青春真っ只中だった。
 
 その頃クリスチャンになっていた私は、熱かったなあ。結局、そんな彼を赦すことを選んだんだ。
 
 だから、私は文通をやめなかった。私が手紙を出す限り、彼も返事は必ず書いてきてくれた。
 
 彼は自称クリスチャン。でもかなり怪しかった。どのくらい怪しかったかというと、「イエスキリストは宇宙人だ」って言ってたくらいだ。
 
 今考えるとほんと、アホらしいくて、バカみたいだけど、あの頃の私は若かった…。
 
 彼に正しい道を歩んで欲しいから、一生懸命学んだばかりの聖書の話を手紙に書いて、送り続けた。
 
 文通をはじめて2年くらい経った頃だった。ある日デーちゃんの手紙の差出しの住所が病院になっていた。
 腰の痛みがひどくて、ヘルニアで入院したと言うことだった。
 
 その時ちょうど勤めていた会社の下請け会社の慰安旅行先が、デーちゃんの住んでいる町の近くだったので、観光バスに一緒に乗せていってもらった。
 
 10月の晴れた日だったのを覚えている。
 
 病院に着いた。近くの花屋でお見舞いの花を買った。
 
 病室を聞いて部屋の前で立ち止まり、ドアをノックした。
 
 「はい。」と声がした。部屋に入った。
 
 私は初めてデーちゃんと会った。
 
 ベッドに横になっているデーちゃんはとても驚いていた。少し動揺していた。
 
 そりゃそうだ。こんな形で初めて会うことになったんだから。
 
 私は、花と持ってきた「キリスト教ガイドブック」を差出した。彼は受け取ってくれた。
 
 しばらく沈黙が続いた。横たわっているデーちゃんの目には涙が光っていた。
 
 まだまだこの話は続くのだが、
 
 デーちゃんとは、途中文通してない時期もあったが、結局7年くらい続いた。
 
 長いから、今日はこれくらいにしておこう。
 ここまで読んでくださった人、読んでくれてどうもありがとう。
 感想などなんでもいいからコメントください。 
 
 
 

  
 

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