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私がイエス様を信じて救われたのは二十歳だった。高校を卒業して、すぐに就職をした。
入社した会社に入って2年目のことだった。会社には大阪支店があって、そこから3ヶ月ほど研修のために来た人がいた。その人がクリスチャンだった。
私はその人を通してイエス様の話を生まれて初めて聞くことになるのであった。
富山で生まれて富山で育った私の家には、仏壇も神棚もあった。
幼稚園は仏教系の幼稚園に通っていた。だから小さい時から手を合わせて拝むことは、自然に身についていた。
「世の中には神様と呼ばれているものがたくさんあるけれど、とにかく、どれにでもこうして拝んでい たら、きっとどこかで私の願いは聞かれているに違いない。」
幼いながらにこんな風に考えていたのを覚えている。
また、夜寝る時に布団の中に入ってから、「もしも私が死んだらどうなるんだろう?」と思って、死に対する不安と恐れで眠れなかったこともあった。
「自分は死んだらどうなるのか?」
私はそのクリスチャンに出会うまではこの問にはっきりと答えてくれる人に出会ったことがなかった。
そのクリスチャンに出会った頃、私の家庭は経済的な事情で、住んでいた家を売却して引越しをした。また、両親の仕事も変わった。自分自身は高校を卒業して社会人にはなったけれど、なんとなく周りの状況に流されてしまい、将来に希望もなく、生きている意味もわからずにいた。
「私はこのまま大人になってしまうのだろうか?」と疲れ、すさんだ私の心は悩んでいた。
そんなときに出会ったそのクリスチャンは、私に神様の話をしてくれた。
「神様は目には見えないけれど、生きていて、私のことを全部知っていて、そして私を愛してくださっている。」
そんな神様が本当におられるなんて!生まれて始めて聞いたことに本当に驚いた。
しかもそれはキリスト教の神様でイエス様だったなんて!
そして、1989年10月最後の日曜日だった。そのクリスチャンの方の研修が終わって帰る前に、富山市の教会に連れて行ってもらった。私は生まれて初めて礼拝に出席した。
語られたメッセージの内容は全然覚えていないけれど、ただ、礼拝中に涙が出てきて止まらずにずっと泣いていたのを覚えている。それは嬉しくて泣いていたのだけれど、私の内側からあふれてきて恥ずかしかったけれど、こらえることができなかった。
そして私はその日にイエス様を信じますと、告白をした。
その日から、しばらくはまるで自分の足が地に着いていない様な、心が躍るような気持ちの毎日だった。聖書も生まれて初めて読んだ。毎週教会の礼拝にも行くようになった。
それからしばらくして、私は長い休日を利用して一冊の本を読んだ。
題名は忘れたけれど、フランシス・シェーファーの本だった。
書いてある内容はとても難しく、よく分からないことばかりだった。とにかく最後までひと通り読んだ。そして、その本を読み終えたあと、一つだけはっきりと分かった事があった。
それは、イエス様の十字架がどれだけ重要なことであるか、ということだった。
「私の罪のためにイエス様は十字架にかかって死んでくださったんだ。」
私はその時にはじめてイエス様の十字架の意味を知った。
『私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。』第一ヨハネ4:10
『だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られたものです。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。』第二コリント5:17
このみ言葉が私の心に響いた。
私は神様の愛の中に飛び込む決心をして、1991年11月10日に、バプテスマを受けた。
それから、たとえ私の神様への愛が揺らいだとしても、神様の私への愛は決して揺らぐことがなく、完全で、今まで私を守って導いてくださった。
イエス様本当にありがとう!
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