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今日は一人で父のお見舞いに行ってきました。 今まで必ず主人や次女と一緒でないと行けませんでした。 平日はいつも一人で行けない理由を捜していたのです。 「何だかしんどいからまた今度。」とか、「今週は忙しいからよそう。」 なんて思いながら何週間も時には何か月も お見舞いを延ばしている事が多いのです。 今日も昨日あたりから軽い動悸がしていたのです。 この一週間ずっと家にいて座っている事が多かったから 血行が悪くなっていたのだと思います。 でも前回行ってからもう3週間。 日曜日は何かと用が出来たり、せっかくの主人の休日をお見舞いに付き合わせるのも 悪いので、今日は思い切って一人で行ってみました。 駅のコンビニでおにぎりとバス停の前のコンビニで 和菓子を買って行きました。 病棟へ上がるエレベーターの中で、 笑顔がすぐ出せるようにと口角を上げて顔の筋肉をストレッチしてた時のこと、 自分の目から頬にかけて何本ものしわが出たことにショックを受けたのです。 老いはかくせませんね。ちょっと対策を講じなくては・・・・と思ったのでした。 病院へ着くと、父は学生の介護実習生と散歩中とのことでしたので 30分ほど待ちました。 あまり歩けないかと思っていたのですが、 何度もベンチに休み休みしながらですが、ゆっくり歩いたそうで驚きました。 父が戻ってきたのはお昼前で、おにぎりを食べながら父の昼食を見守りました。 散歩でお腹もすいたのでしょう、一人で昼食に出されたお粥食とバナナを 一本みるみる平らげました。 父の入院してる病院では患者と家族が昼食を共にする機会をと 12時前までにナースステーションに申し出れば いつでも500円で患者と同じメニューの食事が出てきます。 私は利用したことがないし、利用しているのを見たこともないけれど、 たまにはいいかなぁ〜と思います。 父と食事するなんてもう何年もしてないですから。 父の食事が終って間もなくバスの発車の時間が近づいてましたので すぐにさよならして帰りました。 それから、今日、区の社協の広報誌にこんなことが載ってありました。 それはある81歳になる女性の 「自分が高齢者になって分かったのは、上手な介助よりも、介助は下手でも心の通った 声かけが嬉しい。」 という言葉です。 心のこもった声かけ、父にできたかな?と自分を振り返っています。 |
介護
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少しずつ症状が進んでゆく82歳の認知症の父と、介護する77歳の母とのエピソードです。
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昨日父の見舞いに行ってきました。 主人は出張中でしたので、二女をお供にして行きました。 いつも主人と行く時は、主人が早く帰ろうとするのでゆっくりできませんが きのうは行く途中にコンビニで買ったおにぎりを軽く食べてから 正午ごろ病院に着きました。 うがいと手洗いをし、昼食を始めたばかりの父の食事を見守りました。 父の食べている横に空いた椅子があったので座ろうとしたら 父の向かいで食事していたお年寄りが「座っちゃいかん」と言うので 少し離れた所から見ていました。 ヘルパーさんが気がついて椅子を2つ用意して下さり、 「こちらへどうぞ」と声をかけて下さったので 父の横で食事を見てました。 父はお粥をスプーンで押して水分を出そうとしていて 傾けたお茶碗からポタポタとお粥のネバネバが落ちていました。 手の動きも以前よりぎこちなくなかなか食事が進みそうにないので スプーンで食べさせました。 ミンチ食というのか、食材の形はほとんど残っていない形態です。 それでも食欲は旺盛で完食。 食事が遅い人は途中でお盆を下げられるような人もいます。 集団生活ですものね、仕方のないことかもしれません。 食後に持って行ったお芋の和菓子も少しだけ食べました。 中学生の二女を連れて行ったので、 珍しいのか、他のお年寄りに何度か声をかけられました。 頭をなでられたり、握手を求められたりして、二女はどぎまぎしていました。 でも普通に家で生活していたら、いろんな世代の人と交わるのは当然のこと。 認知症の病棟ですからほとんど同じ世代の人たちと、しかも、 会話と言っても成り立ってないような会話、 刺激が少なすぎるかも知れません。 もちろん病院としてもいろんな行事や歌の時間などを設けて 刺激を与えようとはしているのでしょうが・・・・。 家で看るのは家族の負担も多くて、して上げられることも限りがあります。 病院と地域が溶け込んで刺激を与えあうのが理想だと思いますが、 それもまた警備や衛生面、その他の問題があるのかも知れませんね。 夜出張から帰ってきた主人、 楽しみにしていた私へのお土産はありませんでした。ガックシ・・・ こどもたちへは人形のストラップを。 自分を納得させてます。 |
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きのうの休日、昼食中に主人が 「そろそろお父さんのお見舞いに行かなくてもいいのか?」って聞きました。 なるべく休日は主人のやりたい事、何もしないで休む事を優先させているのですが、 せっかく聞いてくれたので 「思い立ったが吉日」とばかり午後から一緒に行く事にしました。 次女はバレンタインのお菓子作りをすると言うので二人で出かけました。 父は昨年、病院内で集団感染したウイルスで 3週間ばかりベッド生活が続いて、体力がずいぶん衰えました。 治ってからもしばらくは病院も、外からの菌を絶つという意味で面会謝絶になりました。 感染前は歩いて移動できていたのに お正月明けに見舞った時は頬もこけて車椅子の生活になっていました。 その頃から前立腺の異常で尿が出なくなってしまっていました。 母も週に3〜4度は見舞って 夕食につきあい、 足の裏のマッサージしたりサプリメントを父の飲みやすい形にして 飲ませに行っていました。 きのう行った時は 母のお見舞いのおかげか、 「きのうは一度もオムツを濡らさずにご自分でトイレへ行けましたよ。」 と看護師さんが教えてくださいました、 尿も出るようになったとのことでした。 父はお昼寝の後でぼんやりしていて 私が行ってもウトウトしていました。 目の焦点も合いにくいのですが、それでも「お饅頭食べる?」 と声をかけると、焦点が定まって食欲を見せました。 先月行った時はお菓子もほとんど口にしなかったので 少し回復した感があって安心しました。 病院を出てバスの時刻表を見ると バスが出た直後で次の便まで35分もありました。 ちょうどこの日は気温も穏やかでしたので 小さな子供たちが50cmぐらいの大きな鯉に 「きんぎょ、きんぎょ」と可愛らしい歓声を上げているのが楽しかったです。 |
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昨日は主人と父のお見舞いに行ってきました。
父の好きなバナナと和菓子を買って行きました。 少しご無沙汰していたお見舞いでした。 父は少し顔つきが入院当初より年取った感じになってきていました。 少し足取りもゆっくりになってきたのを感じました。 父の手を握ると夏だと言うのにひんやり冷たいので 手をマッサージしたり、主人の熱すぎるような手のひらで温めたりしました。 主人の手のひらの温かのに父は驚いていました。 夏には家族のだれかれ構わず押し付けて、嫌がられてる主人の熱い手の 思わぬ効用が見つかり、おかしい事でした。 病院の昼時になったので、父の食事に付き添いました。 バナナと和菓子を2つ食べてまだ40分位しか経ってないのに、 ほとんど出された食事を平らげて、食欲は旺盛でした。 父の食後、病院を後にして、近くの公園内にあるあずまやのような所でコンビニのおにぎりを 半分こして食べましたが、影で食べてると言うのに、まるで日なたのような暑さでした。 バスに乗って帰り、二人で駅前のショッピングセンターの中のファミレスで軽く食事しました。 子供達は昨日の残りでカレーうどんとカップめんを食べたそうです。 朝、母から電話があり、一人では食べきれないハムを持って夕方来るからと言っていたので、 夕食を家で食べてもらおうと、食材を買って帰りました。 母とうちで食事をするのはほとんどしてもらった事がないので、何年ぶりかでした。 夕方、5時半ごろ母が来て、まだ片付けもしてなかったので慌てましたが、 6時半ごろから一緒にお好み焼きをしました。 クーラーを効かせたリビングルームにホットプレートを出して、食べました。 あまりお好み焼きは食べないらしい母ですが、小さめの物を2枚と少し、ご飯を半膳、 豆腐のサラダも食べました。 母とうちで食事をするのは、何年ぶりかでした。 うちへの手土産に神戸では有名な大井の肉を買ってきてくれていました。 お好み焼きと高級肉では釣り合いませんが・・・・・ いつもして上げているつもりが、それ以上にしてくれる母です。 だから誘うのを躊躇することもあります。 |
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今日の父はとても機嫌がよく、東京音頭を嬉しそうに口ずさんでいました。 先月に病院から行った遠足の時の写真が展示してありました。 写真の前で父と「男前に映ってるね。」とか「いい顔してるよ。」と 写真談義しました。・・・・といってもどこへ行ったのか憶えてない父ではありますが。 そのうちに音楽療法の時間が始まりました。 「影を慕いて」とか「高原列車は行くよ」などの懐メロを聞きながら 皆さん口ずさんだり静かに聞き入ったり。
心地よいのでしょう、騒ぐ人もなく、介護士の方の明るいお話に母が
「私もここへ入院させてもらいたいぐらいだわ。上げ膳据え膳だし。」と言ってました。 今日は市の介護認定の調査があって、父と母が行政の方と面談があるので 私も立ち会いました。 母の体調の良くないこと、老々介護を継続させることの困難さを説明しました。 母は 「コムスンの事件があったから、軽い人は退所させようと思ってるに違いない。」と 勘ぐっていますが、そういうことが果たしてあるかどうかは分かりません。 聞こえてくる懐メロに父は気もそぞろでした。 面談のあと市の人は看護師さんと長い時間話していました。 母はそれが気になるようでまた勘ぐりを入れていました。 それからお医者さんの許可を貰って3階の病棟から1階のロビーへ下りて お茶にしました。 母の持ってきたバナナを2本、ヨーグルト1個、マドレーヌ1個を食べました。 父の食欲にはいつもながら感心します。 ロビーのガラス越しに見える病院の送迎用のバスを見て 父は「バス、ここから出とんやろ?」と質問してきました。 家へ帰りたいのでしょうが、母に 「今日はお父さんはここに泊まるのよ。」と、何度も同じ問答を繰り返してました。 次女が帰ってくる時間をとうに過ぎていたので、母と父を残して帰りました。 手を振って見送っていた父は少し寂しそうでした。 |



