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旅行の後 2日間休暇を取った主人も今日から会社です。 休暇中の主人も私も 一日のうちに何度かウトウト。 子供達も 授業中に居眠りしてしまった〜とか テスト前と言うのに疲れで勉強に身が入らない様子です。 まぁ、無理もありません。 それでも少しずつ疲れも取れてきました。 主人にとっての休暇は 私にとっては休暇でなかったような・・・・ 疲れているときに言われるダジャレや 小言は さらに疲れを感じさせてイライラ〜。 主人に対してもちょっと冷たくしてしまったな〜。 主人には 「お母さんがすぐ怒るから休暇にならなかったわ。」と言われてしまって 返す言葉がありませんでした。 やっと今朝は主人も出かけて 私にとっての休暇気分です。 (さてさて 旅行記の続きです) ホテルについてチェックイン。 お部屋に案内されました。 私たちが予約したのは一番基本の10畳の和室。 10畳だけのスペースと思っていたら メインのお部屋が十畳に 着替えたり荷物を置いたりする控えのお部屋が6畳、応接セットのある洋間が一部屋と 思ったより広い部屋取りに感激。 築30年ぐらいの旅館ですので トイレなどはそれなりに 古い感じはありますが 掃除も行き届いて良い匂いがしてたりして それほど気になりません。快適な感じでした。 仲居さんが 冷たいリンゴのコンポートを運んで下さり お茶を入れて下さったので テーブルに用意されていた、 ホテルで焼いた紅葉まんじゅうと 梅干しでしばし骨休め。 夕食の時間はいつになさいますか? と聞かれたので 「8時半からのナイトガイドに参加したいので7時からお願いします。」と言うと 「ガイドに行かれるのでしたら 6時半がいいと思いますよ。」と仰るので6時半に。 1時間ほど休んで (午後4時半ぐらいでした) ホテルから歩いて3分の厳島神社へ行くことに。 ホテルを出て間もなく シカを発見。
写真などとっていると
あちこちにシカがいることに気が付きました。 まるで 当たり前のようにシカが そこら辺を散歩しているのです。 神社のすぐ手前で 五重の塔がそびえ建っているのが見えます。 唐様式と日本様式の融合だそうです。 建築美を眺めながらいくと すぐにテレビで何度も見たことのある厳島神社の長い回廊が見えてきました。 拝観料を払って 入口でおどける主人 神様のおひざ元でこんな事をしていいのでしょうか・・・・カミサマ〜ユルシテネ。
子供達は一日学校を休ませて行かせましたので
ちょっと顔は伏せておきますね。 特に長女は病欠と言うことにしてるそうなので・・・。
回廊を進みました。朱塗りが美しいです。
知らない間に主人が撮った女性陣。 床板には5mm位のすきまがあいていて、サンダル履きの長女は何度かヒールを 挟まれそうになっていましたが、このすきまは 台風などの時には床板より上にあがってくる潮水を逃がす役割があるのだそうです。 本殿に参拝して 寄進帳を見つけたのでほんの気持ちだけ 。 でも、しっかり名前は書きました。(エヘヘ・・・) 神社の前にある 国宝の「高舞台」 ここで舞楽が舞われます。 「舞台としてはこれが最小の舞台なんだぞ〜。」って 舞台設計が仕事の主人の解説がありました。 神社のへさきのところで記念撮影。 この時私たちの前に おばさんのグループが写真を撮っていました。 ちょっと何枚も撮っていたので待っていましたら 二女が「 おばさんたち、いつまで・・・・」みたいなことを ボソッと言ってしまったのが おばさんの耳に入りました。 そのおばさん、「なぁに? 何か用?」と いやみな一言。 「いえ・・・何でもありません・・・」 おばさんたちの一行が去って 二女は他の家族から 「何であんなこと言ったの! 少し待てば終わるんだから。空気を読みなさい。」って 言われてました。 おばさんも一言「待たせてごめんね〜。」って言えば済むことだったのに・・・。 どちらもどちらだと思いました。 ちょうど潮が引き始めたところで 回廊下の砂地には緑色の 海藻が見えました。 神社のへさきから撮影した 本殿 そのあと古い能舞台などを見て出口へ。 出口のすぐ前の宝物館。
拝観料一人300円が勿体ないとスル〜です。
後で知ったのですが 平家納経はじめ 武具・舞楽面・楽器などが展示されているそうです。 その後いったん ホテルに戻りました。 私と主人はちょっと疲れてしまって夕食までは部屋で休憩。 子供達は大浴場へ向かいました。 お風呂から帰ってきて 長女が「さわって。スベスベよ〜。」というので 腕を触るとなるほどツルツル。 お風呂にあった塩のボディーなんとかを塗ったんだそうです。 「露天ぶろはおばさん達がたくさんいたので 入れなかった。」って。 午後6時過ぎ、最初にお部屋に案内してくれた仲居さんが 食事の準備に お部屋に入ってきました。 若い仲居さんで 最初の時もそうでしたが お話が苦手な様子。 大抵仲居さんって 「どこからいらしたんですか?」とか「どこを見て回られましたか?」 って 世間話みたいな話で和ませるんですが 若くて慣れてないのでしょう、 必要なこと以外は黙々と仕事をこなします。 それでも 心をこめてお仕事なさっているのが感じられて 好感が持てました。 テーブルクロスから食器から一つ一つ丁寧にセットしながら 食卓の準備が整いました。 テーブルの上にどぉ〜んとすべてのご馳走が並んでいるのを想像していた私たち。 よくありますよね? ずらりと並べられた旅館の料理の写真。 今まで泊まった旅行ではそうでした。 前菜と 酢の物、ローストビーフ、お鍋のミニコンロだけが並んだ食卓に 「これって また次に来るのよね? ご飯もないしね・・・。」なんて ヒソヒソ。 でもご安心あれ〜。 私達の食べるペースに合わせて頃合いを見計らって お料理が運ばれてきました。 主人はビール・私はウーロン茶。子供達はジンジャエールで乾杯〜 「勤続20年 ご苦労様〜。」 お待たせしました〜。 メニュー画像です。 まず 前菜(穴子寿司 小芋・モズク 手長エビ) 酢の物(海老・タコ。お酢はジュレ(ゼリー)になっていました)
海の幸のお造り。(カワハギ・カンパチ・イワシ・貝・)
「ワァ〜待ってました〜。」って感じです。瀬戸内の新鮮な魚介類。 プリプリコリコリ。イワシがピカピカ〜。 焼きガキ 特大サイズのプリップリ。カキの苦手な私や子供達も舌鼓を打ちました。 牡蠣鍋 味噌仕立て あんかけカニ入り茶わん蒸し トロットロでした。 穴子の天ぷら レンコンのカリカリ素揚げ・ゆばあんかけ そして しめは 鯛飯と エビしんじょうとジュンサイのおすまし。香の物(広島菜入り) 「このヌルヌルなんだ?」ってジュンサイに驚いた子供たち。 デザート 杏仁フルーツ 甘さもとても控えめだけど後味さっぱり。シロップも飲めちゃうぐらい。 どれも素材の味を生かして 薄味だけど十分すぎるぐらい美味しい。 穴子が苦手な長女には 海老の天ぷらにして下さったり 他の品にして下さったりと 板場の心遣いにも感激です。 「ほんと、こんな素晴らしい食事ができるのも お父さんと会社のお陰よね〜。 自腹で旅行だったら なかなかこれほどの旅行はできないものね。 会社へ行ったら良くお礼を言っておいてね。」 って言いました。 普段 外食すると言っても回転寿司程度の私たちですから、 至福の時間になりました。 美味しい料理。残すのは勿体ないと すべて完食。 お腹いっぱいで動けないほどになってしまいました。 時間は食事が始まってから1時間20分ほど経っていました。 最初に仲居さんが言ってくれた ナイトガイドの2時間前からの食事で ちょうど良かったのがこの時分かりました。 8時半の ナイトガイドツアーの集合時間になったので 疲労と満腹であえぎながらも 主人に支えてもらって 1階ロビーに集合、ガイドについて外へ出ました。。 (またまた続きます) |
家族
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原爆ドームから今度は また路面電車に乗り 「八丁堀」で下車。お好み村を目指しました。 観光地図を手に、おのぼりさんです。 主人が「向こうの方やで」言うので 見ると どうもお好み村の雰囲気ではありません。 地図で確認すると 反対側。 女性陣の集中攻撃。 すると、急に「ここへ行くんや。」と 駅で貰ったクーポンを指さします。 「何それ? お好み村へ行くんでしょ!? お父さんがそのお店へ行くなんて聞いてないし お好み村はどうなるのよ。 と私や子供が 集中砲火。 「お父さんに任せとけ!」という何やらわけのわからない主人の暴走ぶり。 文句を言いながらついて行くと 見えてきたのは お好み村の看板。
「え〜っ! ここ、お好み村って書いてあるよ〜。」
「おっ! この店や」と 言う主人に付いてお店に入ると 日曜日のお昼時にもかかわらず 空席が・・・・。 お店の方が 「鉄板の前が良いのでしたら1階のカウンターで、 鉄板がなくていいのでしたら2階もありますよ。」 カウンターで横に並んで食べるより一つのテーブルを囲む方が良かったので2階へあがりました。 2階はガラ〜ンとして誰もいません。閑古鳥が鳴いている感じです。 「大丈夫なの〜。人気のないお店じゃないの?。 」とヒソヒソ話。 メニューを見てみると 一番安いので780円。 豚バラ・キャベツ・焼きそば入りです。私と二女が頼みました。 主人と長女は 豚バラ。エビ。イカ。焼きそば入りの1080円のを注文。 「お父さん、人気はなさそうだし 高いし。何でここを選んだのよ」って またもや 悪い空気が流れました。 だって神戸や大阪でお好み焼きって言えば 一番シンプルな豚玉で600円ぐらいですから。 しばらくしてお好み焼きが運ばれてきました。 見てびっくり。 結構なボリュームです。 あらかじめいくつかのブロックに切りこみが入っていました。 いざ「いただきます」と食べると 甘口のソース、こしのある焼きそば、たっぷりのキャベツ。 何んとも美味しいではないですか。 中をめくってのぞいてみました。
薄く焼かれた小麦粉生地の上に たっぷりのキャベツが載っていて
その上に具と炒め合わせた中華そばを載せて ソースをかけてあります。 他の家族が次々と食べ終わる中、私は途中から全部は食べきれないと感じ みんなに少しずつ手伝って食べてもらいました。 「初めはあんなに 文句を言ってたのにね、 このボリュームでこの値段だったら 分かるわ〜。美味しいね。」って みんな満足でした。 大きくなったおなかを抱えながら お店を出ました。 良く見るとそのお店は お好み村に入っているビルの店ではなく お好み村の隣のお店だったのです。(爆) ・・・・・・・・・ 変な家族でしょ? 時間を見ると もう縮景園や広島城を見て回る時間はなく、断念。 もう一度 路面電車に乗り 広島駅へ戻りました。 そこからJRの各駅停車に揺られること30分。 宮島口へ到着です。 宮島へのフェリー乗り場に行く途中には 穴子をタレで焼く 穴子飯のお店が並び 煙の臭いが 鼻をくすぐります。 食べてみたいな〜と思いつつ 穴子ぎらいの長女がいては 入るわけにいきません。 15分ごとに出るフェリーですので しばらくフェリー乗り場の前のお土産物屋さんで お土産を下見しました 旅行前にオークションで落札した、割引券の使えるお土産屋さんです。 娘たちはアイスを買って食べました。 私が買おうと思っていた ストラップを見つけ 翌日帰る時に買うことにしました。 店を出て主人がフェリーの切符を買ったので フェリー乗り場の列に並びました。 しかし、この時 思い出したことが。 私たちが載ったのは松大船のフェリーだったのです。 もう一つの JRの運航するフェリーに乗ると 大鳥居の前を迂回してくれるというのを 事前に調べていたのですが 主人が 違う会社の切符を買って改札を済ませてしまっていたため 迂回してくれないということに気が付きましたが時すでに遅し。 「帰りはJR航路に乗ろうね」って約束しました 列の前の方でしたので 乗船時には 一番上の展望デッキに駆け上がり 前の方の座席を確保。 潮風に吹かれながら宮島へ向けて出発。 これは 私たちが乗ったフェリーの前を過ぎて行ったJR航路のフェリーです。 本来なら乗っていたはずだったのに・・・・。 最初は小さく見えた厳島神社の大鳥居が だんだんはっきりと見えてきました。 10分ほどで宮島へ到着、下船して あらかじめ電話して頼んでおいた ホテルの送迎の車で 山道を通って ホテルに向かいました。 途中、山で野生のシカに遭遇。 動物好きの長女もテンションアップ。 ワイワイ言いながらホテル「有もと」に到着したのでありました。 続きはまた明日。 長くてごめんなさいね。 |
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さて、14日朝家を出て 新神戸駅へ向かいました。 駅のお土産コーナーで飲み物を調達、 神戸のお土産を見てるうちに 「神戸プリンを新幹線で食べたい。」ということに なりましたが、バラ売りしておらず断念。 「赤福」が売っていて、「帰りに買いたいね〜。」なんて言いながら 新幹線のホームへ。 新幹線のホームの窓から何気なく外を見た時、 思わず、「あぁ〜 なつかし〜。」と叫んでいました。 そこにあったのは 私が通った中学校への通学路。 30数年振りで見ました。 そして午前10時の新幹線に乗って30分ほど過ぎた時でした。 突然 バラバラ〜 と結構大きな音が。 何だ? と思って見回すと 音源はおバカなわが娘。 アーモンドの引き出し式のチョコボールの箱を 閉めなかったため、ほとんど残っていたチョコを 床にこぼしたのでした。 主人に叱られながら 拾って回収しておりました。 そんなこんなで1時間10分ほどで広島へ到着。 お土産物屋を下見してから 駅の案内所で無料の広島の地図と クーポンのパンフを もらっていきました。 路面電車乗り場が分からずお土産物屋さんの店員さんに 「原爆ドームへ行きたいのですが。」と聞くと ちょっと広島なまりで教えてくれて「5番の電車にだけは乗らないで〜。」と 念を押されました。 どうにか路面電車の乗り場を発見。 そこには 大きな文字で「原爆ドーム行き」と表示が。。。。 「こんな大きな文字を見逃すなんて・・・」と苦笑いでした。 初めて乗る路面電車・・・・良く考えたら初めてではなかった。 神戸では私が小学校4年までは路面電車でした。 まさに約40年ぶりの路面電車です。 20年近く前に行った函館では乗らなかったですから。 使われている車両も 各地で使われていた電車の車両がリサイクルして使われています。 かなり古いものから最新のものまで。 まるで 「エコ電」。 ゆっくり道路のレールを進みます。 駅と駅の間が短く、細切れに停車しました。 神戸市内はバスで停留所の間も200〜300メートルぐらいはあいていますが 広島の路面電車は 車の往来の中を進むので結構時間がかかります。 街の様子が 神戸とは違うな〜なんて思ったり 被爆当時の焼け野原になった街に想いを馳せつつも 車窓の川やデパートや東急ハンズ、広島城の天守閣などを見ながら ドーム前に到着。 「いよいよ着いたか〜。」と 何やら感激。 停留所のすぐ目の前に テレビや新聞で何度も見た原爆ドームが 見えてました。近すぎてちょっと拍子抜けした感じでした。 被爆前は「産業奨励館」という名前の建物だったドーム。 当時としては最先端のレンガ使いのおしゃれな建物だったのでしょう。 焼け残った階段や 屋根のドーム部分の骨組みが生々しかったです。 雨ざらしになっているので劣化が気になります。 保存運動もあるようですね。少しでも長く保存して 多くの人に見てほしいと思いました。 たった1個の原爆で二十万の市民と 半径2キロ以内が廃墟と化して。。。。 ドーム前の元安川には死体の山だったと聞いていました。 そんな川に向かって 黙とうをささげました。 一度はここへ 来たい、いえ、来なくちゃいけないと 思っていた原爆ドームへの訪問がかないました。 何だか肩の荷が下りたような気がしました。 ドームの前ではさすがに 家族の写真を撮るのはためらわれて ドームの写真だけを取りました。 長女は「気分が悪い。」とろくに見もせず スタスタと先へ行ってしまいました。 学校の原爆の学習で見た すさまじい絵や写真を思い出すのでしょう。 ドーム周りの道沿いに歩き いろんな角度からドームを撮影。 そのあと平和公園内を 見て回りました。 原爆の子の像、 モデルは2歳で被爆、8歳で白血病でを発症したサダコさん。 1000羽折れば 病気が治ると信じて 薬の包み紙などで 1300羽の鶴を折りながら 命を閉じたという実話。 小学校の国語の本で勉強したのを憶えています。 「安らかに眠って下さい・過ちは繰り返しませんから。」と刻まれた 原爆死没者慰霊碑前で 手を合わせ、平和を祈りました。 慰霊碑のアーチ越しに、慰霊碑、平和の灯、ドームが一直線に見えました。 平和記念資料館は 子供達が 「気分的にとても行けそうにない」というので 見ずに 資料館をバックに記念撮影しただけでした。 川沿いのオープンカフェ、綺麗に整備された川のたもとで何やら吹奏楽の演奏と 原爆のイメージとは離れた感じでした。 この頃には長女の顔にも笑顔が戻りました。 時刻はもうお昼を過ぎていました。 どこの店にでもいいから入って食事をしたいぐらいでしたが ドーム前から再び 路面電車に乗って お好み村へ向かったのでした。(続く) 〈追記です。〉 今日の夕飯時、二女に原爆ドームを見た感想を聞いてみました。 すると、 「怖いと思った。 ドーム前に立った時 不思議なベールに包まれた気がした。 大きな音が聞こえた気がして ・・・・・ あとは何だかわからないけど思い出すのが怖いような・・・。」 と口をつぐんだのでした。 小さい時から良く「霊」を見る子でしたから 何かを感じたのかも知れません。 まだ10代の娘たち、ドームへは私が行きたくて連れて行ったのですが 実際に自分の目で見ることで 何かを感じただけでも 行って良かったと思いました。 「もう行きたくない?」と聞くと 「また機会があったら行ってみてもいい。」といいました。 大人になって自分の意志で行く日があればいいなと思います。 |
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さて・・・何から書きましょうか。 まず、今回の旅行は主人の勤続20年の「御苦労さん」に対して 会社から補助が出してもらえることになったからです。 ちょうど20年を迎えた昨年の12月から1年間の間に旅行した分について 補助していただけるということで、 夏以降は就職活動やバイトで忙しくなる長女の予定やら 主人の仕事の予定などを考慮して 6月の中旬としました。 小さいころに行った母の田舎・今治をまわる愛媛県の道後温泉、宮島、出雲、横浜方面等が 候補にあがりましたが、結構最初の段階から 宮島がいいかな〜という気持ちでした。 旅行会社で各地のパンフなど貰ってきて 検討、 ネットからの申込・カード払い、3%割引きを利用しました。 広島の口コミ情報は ブロ友のみゆなさんが近年まで広島に住んでらっしゃったので教えていただいたり たまたま 「なんでも交換」のお相手が 広島市在住だったことから 花の種を差し上げる代わりに 広島のことを教えていただいたりしました。 それからオークションで何か使えそうなクーポンなど出ていないかと 探したところ、 宮島ロープウェイの割引券(5人までなら一人300円割引)と 宮島行きのフェリー乗り場の前の お土産屋さんの10%割引きの券が付いた 株主優待券が出てまして 私しか入札者がいなかったので格安ゲット〜。 日が迫っていたので出品者に事情を話すと 入金確認を待たずに 送っていただきました。 出発3日前には手元に届きました。 ここでお知らせ。 このロープウェイの券(往復1800円が1500円になります) 4枚(16人分)と もみじ本陣さん(お土産物やさん)の10%割引券が2枚、 余っているので 1枚でも全部でも どなたか ご入り用でしたら 使って下さい。 6月末まで有効ですのであと2週間ほど使えます。 ご遠慮など無用ですのでお気軽にお問い合わせくださいね。
ファン限定ではありませんので お知り合いに宮島に行かれるとか
いらっしゃったらお声をかけて下さいね。 ただし、ロープウェイの方は 2000円の [ http://tabi.iinaa.net/JapnPass/hirosima.html 「宮島フリーパス」]というのがありまして それを買うと 路面電車+宮島松大船(宮島口〜宮島)+宮島ロープウェイが 2日間フリーで使えるようです。 広島・宮島を2日間かけて路面電車移動して回る時はこちらの方がお得かもしれません。 帰ってきてから駅で貰った観光ガイドマップに載ってました。 以上、プチお得情報(その1)でしたぁ。 旅行の計画を成り行き任せにしようとする家族たちには任せておけず 私が旅のプランを考えました。 行程表を書いて 行先候補を書きだし、 それぞれの移動距離から移動時間をネットの「道案内」で調べ、 列車やフェリーの時間まで。 少し買い物などの余裕を持たせた 限界時間も書きだして 人数分をコピー。家族に配りました。 ・・・・・・・ 私って、ツアーコンダクターか!? 面倒だったけど、結構こういうことって好きかも知れないな〜なんて。 割と計画は綿密に立てる方かも・・・。 限られた時間の中で あれこれ見たいと思って一応は書きだしました。 慎重派というか、言いかえれば不測の事態の対応が苦手かも。 こうやって当日の朝を迎えました。 主婦が家を空ける時って いろいろしなくちゃならないことがあるもんですよね〜。 自分で出来ないことは 私の号令のもと、 長女には台所の食器を拭いてなおさせ、二女にはお風呂掃除をさせ・・・ 体力に不安のある私は旅行への緊張感から 朝から脈拍100〜110。 それでもバスに乗り、地下鉄に乗り、新幹線に乗り・・・・と 段々 脈拍も落ち着いて行ったのでした。 いったんここで終わりますね。 つづきはまた。 こんな調子で書いてたら何回もアップするかもしれません。 10年ぶりの家族旅行でしたから 記録の意味でもアップしていますので 面倒だったら飛ばして下さいね〜。 今日は娘たちもさすがに疲れが残った様子で学校へ登校していきました。 お弁当はお休みさせてもらいました。 子供達にはお金だけ渡しました。 二女なんて嬉しそうに、「コンビニのパン買っていい?」って 早めに出かけて行きました。 いつも私の代わり映えしないお弁当なので たまには嬉しいみたいです。 主人は今日と、明日、「リフレッシュ休暇」だそうで、 家におります。 私としては、何とも・・・・・。 だって 私だって疲れが残ってるのにね〜 太ももの軽い筋肉痛、足首の軽い痛み、今朝起きたら口内炎まで できてしまってて・・・・。 そこへもってきて あれしろこれしろって うるさいんですもん。 主人も私しかいないのでなんだかんだ言ってくるのですが ちょっといらいら〜。 聞き流す余裕がありません。 「今日は指図しないで〜。」って言いました。 お昼から主人は図書館などに行くそうなので その間に お昼寝しちゃおうと思っています。 |
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ただいま〜っ! 広島(原爆ドーム・平和公園・お好み村)、宮島観光から 無事帰ってきました。 梅雨のさなか、天気に恵まれ 事故もなく帰ってきました。 でも超・疲れました。 枕が変わると眠れない私は 睡眠時間2時間足らず。 夜中じゅう 家族の寝息といびきを聞いていましたよ。(苦笑) 帰りの電車の中でも眠れなくて 荷物もほとんど主人に持って貰い、 帰りは足を引きずるように、笑顔も出せなくなるほどでした。 駅からは旅行の最後のわがまま、タクシーに乗せてもらい、 帰ってからもただ横になるだけ。 夕飯も主人がカレーを作ってくれました。 普段はあれこれ注文を付ける私も 主人だって疲れている筈だから、 今日は作ってくれるだけでもう感謝〜。 一切注文は付けずお任せで。 その間1時間ほど寝させてもらって 少し回復しました。 今日は早めに寝るつもりです 明日の朝のお弁当づくりは休ませてもらうつもりです。 主人は明日と明後日も休みを取っていますので(リフレッシュ休暇だそうです) 主人と二人ゆっくりします。 旅行記は 疲れが取れたらぼちぼちと ゆっくりアップしますね〜。 いろいろ聞いてほしい事がいっぱいあります。 何回かに分けてアップしますよぉ〜。 お楽しみに。
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