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やっぱりガイドさんの質というか、人柄というか、それによって大きく 旅自体・国の印象も違ってくると思うんだけど。 今回はとくにそうでした。 今回のガイドさん、37歳で、17歳のとき(20年前)に東ブータンの田舎から、 首都のティンプーに出てきたんだけど、もうそのガイドさんの話が衝撃的で。 ブータンを物語るというか、いろいろと考えさせられました。 子供の頃は、1日に1食ということも多く、いつもおなかがすいてた。 大きくなって、だんだん2回、3回と食事が取れるようになったけど、 いつも赤米とエマダツィ(トウガラシのチーズ煮)ばかりで、 白米が食べられるのはお正月だけ。もう4、5日前から嬉しくて寝られなかった。 近所の人で白米を食べている家があったら、ずっと食べることろを見ていて、 幸せな気分になった。 鏡を持っているのは限られた人で、どうしても鏡が見たいときは、 お米を持っていって借りた。今思うと曇っていて、よく見えなかったけど、 でも自分の顔を久しぶりに見ると、成長して顔が変わっていてびっくりした。 田舎から出るまで、車も見たことがなかった。靴も履いたことがなかった。 新聞やテレビももちろんなかったから、首都のティンプーがどこにあるか、 よく知らなかった。だから、親も息子1人を送り出すのが心配で、馬何頭も連れて、 その背中に布団や食べ物を載せて、家族総出で4日かけて歩いて来た。 で、息子を置いて、親御さんはまた来た道を戻っていった。 どうですか、これが今から2〜30年前の話です。 日本でいったら、戦後どころ話じゃない気がします。明治?大正? でも、確かに貧しかったけど、いまでも別に恥じているわけでもないし、 卑下してるわけでもない。 単にこうだった、という話。 で、その人も今は、英語と日本語を話し、新聞を読み、ケーブルテレビを見て、 ネットをして、携帯電話で話しています。 その新聞が、毎日発行されるようになったのは5年前くらい。 一面ニュースは、○○さんの畑がブタに荒らされた、とかそんなことらしいです。 国営のテレビは、18〜23時までの5時間しか放送してません。 ジーンズをはいて、パーマをかけたり、お化粧する若者もいます。 ああ・・・民族衣装着てればいいのに。ノーメイクでいいのに。 でも自分は着物を着ることができないし、髪染めてます。 人には言えるけど、自分はできない。 国の収入源は、(外国からの援助を除いて)第一に水力発電、第二に観光、第三がほんとに少しの野菜(それも対インド限定)の輸出。 まだまだ経済は発展してないかもしれない。 独自の文化・伝統を守っていきたい。でも観光収入は大きな魅力。 自由に海外旅行もできないかもしれない。 でも、国民総幸福度は、90%以上です。 そんなブータンでも、ここ10年くらいの発展のスピードは尋常ではないはず。 きっとこの先の10年も。 でも王様はそれを望んでいるのか?国民は? 便利ってなんだろう。豊かさってなんだろう。幸せってなんだろう。 ガイドさんは、最後に空港に向かうバスの中で、 『みなさん、ブータンのことを知ろうとしてくれて、とてもいい人たちで、楽しかったです。運転手とも、こんなグループ初めてだね。幸せだねと話してました。またぜひ来てください。あ、もう空港に飛行機が来てます。幸せですね』と言ってました。 すべてのことを、運がいい、ラッキーとかじゃなく、幸せと感じる気持ち。 ご飯が食べられる幸せ。働く幸せ。家族がいる幸せ。祈る幸せ。 発展しないで、このままでいてね、と思うけど、 自分には住めないなーと思う。 毎日みんなでよく話しました。 ガイドさんを質問責めにしました。 すごくびっくりして、すごく笑って、すごく感心して、ちょっと悩んで。 そんな旅行。初めてだったかも。 ブータン、懐かしいような、初めて見るような、 みんなにも行ってほしいような、でもそっとしておいてほしいような、 何もないけど、なにか感じる国。 |
ブータン 2010 秋
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タイムスリップしたような、懐かしいような、初めて見たような、そんな国。
素朴で、貧しいかもしれないけど、GNH(国民総幸福度)は80%以上。
素朴で、貧しいかもしれないけど、GNH(国民総幸福度)は80%以上。
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さて。これ、なんでしょうか?? 答えは・・・ です。警察官が交差点に立って、手信号?で誘導してます。 ブータンは、国内に信号が1機もないのです。 実は、ここ、首都ティンプーの銀座通りに、1機だけ信号をつけたことがあるのだそうです。 でも、王様が、『まだブータンに信号は必要ない』とおっしゃったので、 はずしてしまったのだそう。 もともと穏やかな人たちだし、交通量もそんなに多くない、制限時速は40キロ、 道路に牛や犬がいる・・・たしかに信号はいらないかもしれません。 ブータンの国は、山ばかりです。でもトンネル掘ったりもしないので、町から町へ移動すると、 山肌をくねくねと登っていって、またくねくねと下ります。 ずっと、日光いろは坂みたいです。 でも崖沿いにガードレールもないし、街灯もないし、カープミラーもない。 2台がすれ違うのも難しい山道の連続で、曲がったところに牛が寝てたりします。 でもそんなに事故はないらしい。すごいなあ。 ガイドさんいわく、『ブータンでまっすぐな道路は、パロ空港の滑走路だけです』だって。笑 |
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知る人ぞ知る。ブータンの名産品は、切手、なのです。 ホログラムのもの、CD型のもの、自分の顔写真入りのオーダーもの・・・ いろいろあるしいことは調べていったのですが。 首都ティンプーは、お祭り。郵便局はやってませんでした。ザンネン・・・ パロという第2の大きい(?)町の郵便局に期待!だったんだけど、実際は倉庫みたいなところで、 ぜんぜん種類はありませんでした。 パロの商店街みたいなところの雑貨屋に、郵便局よりたくさん売っていて、 そこで品定め。でも、ちょっとデザインがいいものや、前に発売されたものは、 ノベルティがついてけっこういいお値段だったかな。 一応、今年、発展国サミット?アジアサミット?がブータンであったらしく、その記念切手と、 ブータンの文化が書いてあるものの中からアーチェリーのと、 ブータンぽいデザインのものと買いました。 で、ハガキを出したら・・・3週間後に届きました。 あーー寄り道しちゃったね。 |
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ブータンは乾燥した気候のためか、もともとは湯船に入る習慣がなかったそう。 シャワーか、体をふく程度だったらしいのですが、ドツォと呼ばれる石焼き風呂の ある家もあります。 お試し体験してきました。 湯船の1/4くらいのスペースが、網で仕切られていて、小さいほうに真っ赤になるまで 焼いた石をドボンと入れます。その熱で、湯船の水を熱くするのです。 わたしたちが入ったのは、隣のホテルの大きなお風呂。 4人で入れるくらいの大きさでした。すでにカボチャ大の大きさの石が12〜3個入っていて、 けっこうな熱さでしたが、石が落ちてくるところを見たかったので、 『ストーン!』と大きな声でリクエスト。 そうしたら、外で石焼きしているお兄さんが石を投入してくれ、 奥に見える銀色の筒をゴロンゴロン・・・ボチャン!!と湯船に。 なんかスリルあるね〜と言いながらキャッキャ入ってました。 ここはちゃんと室内で、脱衣所もあり、貸切にできましたが、 人の家のお風呂だと、露天・半露天だったりするらしいので、入るつもりの人は、 水着の用意をしていってくださいね。 |
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もし、ブータンに行くことになったら・・・ 現地の言葉、ゾンカ語でご挨拶したいですよね〜 最後のラ、は丁寧語。年上の人に対してはつけましょう。 一日中使えます。朝から晩まで。 アクセントは、最初のクかな。 これもよく使う言葉。 これ、なんだか不思議な言葉。 「カディンチェーラ」「ラッソーラ」 この場合、どういたしまして、の意味かな お店を出るときとかに「ラッソーラ」 この場合、じゃあね〜、かな ど〜も〜みたいな意味かも。笑。あやしい・・・ yes,noですね。 最後につけるラ、わたしは丸覚えしちゃってたから、いつもつけてたけど、 「子供にはつけなくていいですよ」って言われた。 やっぱり年上を敬う、みたいな風習だからかな。 仏塔のそばで、おばあちゃんに「クズザンポーラ」と言ったら、「クズザンポー」と笑顔で返してくれて、 それから10分くらいずっと何かをお話ししてくれました。 (添乗員さんに「話してましたよねっ?」と聞かれたけど、もちろん全くわかってませんでした。) 他の人も、挨拶するとほんとにフレンドリーに接してくれたな。 警戒心がないからか、オープンマインドだからか、顔が似てるからか、西岡先生のおかげか・・・ ほんとにすてきな笑顔ばかりでした。 ブータンでは、必ずガイドさんがついてくれるので、 ゾンカ語が話せなくても過ごせてしまうけど、でも上の2つだけでも覚えれば、 きっといい出会いがあると思うよ! |






