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先日、近くまで行ったので日比谷公園に行ってきました
雲形池
ここは巨大魚が居ることで有名ですが、
お水が濁っていて、見つけることは出来ませんでした
でもアメンボ発見!
アメンボは環境指標と言われているから、お水が綺麗なのかな
幕末までは、鍋島家、毛利家などの上屋敷が置かれていて
明治には陸軍近衛師団の練兵場となっていたそうですが、
1903年(明治36年)に日本初のドイツ式洋風近代式公園として開園したそうですー
もう一つの池、心字池の方には
江戸城の石垣、日比谷見附跡が一部残されています
そして、開園当時から、公園の中にある松本楼で食事をしました
(どちらかというとこっちが、本来の目的でしたー笑)
テラス席でエビフライを食べていたら、雀がテーブルの上に乗ってきて、
あら、こんな間近で雀って見たことあったかしらー、と思いながらニコニコ見ていたら、
エビフライのしっぽをくわえて飛んでいきましたー(笑)
あれは相当慣れた感じだったので、おそらく常習犯でしょうー
洋食プレート
テラス席の前に、立派なイチョウの木がありました
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お池めぐり
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世田谷区北烏山四丁目〜五丁目にかけて
寺院が立ち並び、世田谷の小京都とも呼ばれる
寺町通りと呼ばれる場所があります。
道の両側にお寺が続き、ここは一瞬何処かしらと感じますが、
関東大震災によって被害を受けた 下町の寺院が集団移転したのが始まりだそうです。
寺町通りの雰囲気を写真に収めたかったのですが、
お寺が並んでいる風景は、カメラには収まりませんでしたが
寺町通りのHPがありました。
その中の高源院というお寺に、鴨池があります。
秋も深まる頃には、コガモ、カルガモ、マガモなどが
シベリアから飛来するそうです。
せたがや百景にも指定されています。
この池は、湧水で水が蓄えられていて、
目黒川(烏山川)の源泉となっているそうです。
また湧水の出る地下水脈は北にある井の頭公園とつながっていて、
水脈が少ないときは両方の池の水位が下がるといった感じで、
水位が同じように上下すると言われています。
ちなみに井の頭公園のお池とこの鴨池は、
おそらく2〜3kmくらいは離れています。
甲羅干しする亀
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GW最終日、つりがね池に行ってきました。
つりがね池は、武蔵野台地の崖下に湧き出した水が源となり、
野川の支流である仙川に注ぐ湧水池(ゆうすいち)となっていたそうです。
実際に訪れてみると、このつりがね池の付近だけ、坂になっていて
周りの土地に比べ、窪んでいるのが良く分かります。
こういう場所に湧水が溜まるのは良く理解できました。 お池の周りには所々にお花が咲いていました。
藤
黄菖蒲
白しゃくなげ
カモも休んでいました。
(台の上です、見えるかな…)
つりがね池の名前の由来は、
昔々、祖師谷の地に「地福寺」という高僧の住む寺があり、
他の宗派の僧侶達が「地福寺」の鐘を横取りしようと戦いになりました。 敗れた高僧はお寺を追われることになりましたが
お寺の大事な鐘を守るため鐘を被って池に飛び込んで鐘を守った事に由来したという説 昔々、「地福寺」の高僧が、日照り続きの年に、
お釈迦様のお告げに従い、お寺の鐘を抱いて池に身を沈めました。
すると、たちまち大雨が降り出し、以来どんな日照りの時でも
この池の水だけは枯れたことがないという事に由来したという説
と2説あるそうです。
近年まで実際に雨乞いの行事も行われていたとかー。
高僧と釣鐘に思いを馳せながら |
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富士山の雪解け水が湧き出ているという静岡県の柿田川湧水群
環境庁「名水百選」「二一世紀に残したい日本の自然百選」に認定されているとか。
エルドラドっ!(パパン語録より)
そのまま飲める綺麗な水質との事で、柿田川公園をめぐって歩きつかれた頃に
「湧水甘酒」「湧水コーヒー」「湧水アイス」…、と、誘惑がいっぱいでしたー。
あ、湧水も飲みました。
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江戸時代、松平摂津守の敷地だったという荒木町は、
町全体がすり鉢状になっていて高低差がとてもあります。
低い方へ低い方へと坂道を下っていくと、ありましたー
策(むち)の池です。
策(むち)の池、という名前の由来は
乗馬用の策(むち)を池で洗ったこととされています。
かつては約4メートル落差の滝もあったとか…
津の守弁財天が祭られています。
建物に囲まれた、ひっそりとした小さなお池でしたが、
谷の底に向かっていく不思議なわくわく感が味わえましたー。
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