|
徳川家康が生まれた所、岡崎城は別名「龍城(たつきじょう)」と言わ れ、元々は丘の上に本丸が築かれた平山城でしたが、元和3年(1617) 天守閣が建てられ、当時は東海地方でも大きな城だったようです。その 後、明治6年の廃城令により全てを失い僅かな遺構のみを残すだけの姿 になってしまいました。 昭和34年に天守閣が再建され、平成18年には「日本の100名城」 に選ばれ、平成19年の新たな発掘調査により見つかった石垣から、国 内でも4番目の大きさの城だった事が分かりました。 今日はそのお城巡りにご招待いたします。 城の前の道路は「竹千代通り」と言う名前が付いています。 神橋を渡って。 龍城神社の神馬と案内板が迎えてくれます。 近くには龍の像が。この龍は1455年に城が完成した時や家康が誕生した 朝にも現れ舞ったと言う言い伝えがあります。 家康の遺訓の碑を背負った亀もいます。 岡崎東照宮・龍城神社です。ここには、三河時代からの忠臣、本多平八 郎忠勝も合祀されています。 天守閣です。2〜4階には貴重な資料が展示されていますが、撮影は許 可されません。 敷地内は岡崎城公園として整備され、市民の憩いの場となっています。 ここにも古い石橋があります。 公園内の家康の像。 三方ヶ原の合戦で武田軍に大敗した時の「しかみ像」もあります。 二の丸にある能楽堂です。 歴史資料館「三河武士のやかた」があり、ここもたくさんの資料が展示 されていますが、撮影は許可されません。 公園内のからくり時計です。指定時間が来ると、能装束の家康が舞い、 最後には有名な遺訓「人の一生は重荷を負て〜」を語ります。 大手門です。 大手門近くの電話ボックスもユニークな形です。 天文11年(1542)12月26日に生まれた家康の産湯はこの井戸の水 が使われました。 家康の胞衣(えな)を埋めた「胞衣塚」です。
|
全体表示


