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浦島太郎伝説

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長野県上松町にある、木曽で一番の景勝地と言われる「寝覚の床」です。

大きな花崗岩が木曽川の浸食によって生み出された方状節理が、エメラル

ドグリーンの水流に映えて美しい風景が約1,5km続き、昔から多くの旅

人達を魅了してきました。

そしてここには、何と浦島太郎の伝説があるのです。こんな山奥に何故?

と思いますが、説によると、竜宮城から戻った太郎は、既に肉親や友人達

がいない事が分かり、諸国を巡る旅に出ました。途中、この地の美しさに

惹かれ住むようになりましたが、ある日、竜宮城を思い出し、懐かしさの

あまり玉手箱を開けたところ、アッと言う間に300歳の老人になってし

まったのです。

太郎は今までの事が夢だったのかと、ようやく現実に目覚めたと言う話か

ら付いたのがこの名前だそうです。

岩を伝って川に近づいてみました。

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写真は全て初夏に撮ったものです。


  
  うつせみは 数なき身なり 山川の
  
  清(さや)けき見つつ 道を尋ねな
             
          大伴家持  (万葉集)巻20-4468

<意味>
人の身は儚いものだ、山や川の清らかさを見ながら、仏の道を求めたい。

家持が丸5年の越中国守の任務を終えて、都に戻ってきたのは天平勝宝3

年(751)です。

この時は既に政権の中心には藤原仲麻呂らがいました。仲麻呂の強引なや

り方に「反仲麻呂」の思いを持つ者が増えてきたのもこの頃です。

大伴家の長である彼は、皆に軽率な行動は慎むように諌めるのですが、橘

奈良麿が計画した反乱に一族の数名の者が加わってしまいました。しか

し、この計画は事前に漏れることとなり、加わった者は捕らえられ、家持

自身も一族の長としての責任を負わされ、やっと戻れた都なのに、また因

幡の国に左遷されてしまうのです。

その時の孤立無援状態で詠んだのがこの歌です。

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若紫
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