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写真は中央自動車道・神坂PAから見た恵那山です。 神坂峠(みさかとうげ)は岐阜県中津川市と長野県阿智村の間にある峠 です。 標高は1,585mで、現在はその下に「恵那山トンネル」が造られ、昔 の人のように峠を越える苦労はありません。 恵那山は標高2,191mで、美濃随一の名山として知られ、もともとは 「胞山」と呼ばれ、伝説によると天照大神が生まれた時の胞衣(えな・ 胎児を包む膜)をこの山に納めたことから付いた名前です。山頂には恵 那神社の奥宮本社、麓には前宮本社があり、その由緒は「日本書紀」に 記されており、日本武尊が東征の帰路に参拝したとの記録があるそうで す。 恵那山トンネル(1975年の開通当時は日本一長いトンネルでした) (上り8,649m、下り8,489m) 峠から近い馬篭宿(坂道の町並み、藤村記念館、水車) ちはやふる 神のみ坂に 幣奉り 斎(いはふ)命は 母父(おもちち)がため 神人部子忍男(万葉集)巻20−4402 <意味> 猛々しい神のみ坂に幣を捧げ、我が命が無事であれと祈るのも、母や父 の為なのです。 天平勝宝7年(755)信濃の国に住んでいた作者は、防人として徴兵 され、同じように徴兵された人たちと一緒に、海抜1,600mほどの神 坂峠を越えました。 古くからの風習、儀礼として通る峠や難所では幣を捧げ、その土地の神 の怒りを鎮めると共に、道中の安全を祈願する風習がありました。 彼は勿論、身の安全を祈ったのですが、それは自分を頼りにして、首を 長くして待っているだろう年老いた両親の為だと言っています。 彼の祈りは単に儀礼ではなく、心からの祈りだったのでしょうね。 ※馬篭宿は今回訪れた所ではありません。
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