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閑 日 茶 話
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抹茶の町散策・3

西尾市は近隣の町を合併して大きくなり、平成になってからは吉良町も吸収合併されました
吉良町と言えば「忠臣蔵」の浅野内匠頭の敵として有名な吉良上野介の領地でした
地元の吉良町では、上野介は治水事業や新田開発、塩業の推進などを積極的に行い、名君とされています
今回は上野介所縁の所を少し回ってきました

華蔵寺(けぞうじ)・・吉良家の菩提寺
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上野介は領地内を赤馬に乗って視察していたそうで、その像が市内の何カ所かに建っています
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山門前の池には睡蓮が満開でした
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山門、本堂への階段
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大きな岩に嵌め込まれたパネル
俳人の村上鬼城が訪れた時に詠んだ句(吉良町民の心を打ったようです)
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鐘楼・・上野介が50歳の記念として寄贈した梵鐘
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なんと、本堂が修復工事中でした
その為に小堀遠州が造ったといわれる庭園も見られず残念!
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経堂・・上野介が60歳の記念に寄贈したもの
彼の三百回忌(平成14年)に復元修理された
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敷地の奥にある、吉良家代々の墓
上野介のお墓は他の人のと比べて意外と小さい
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花岳寺(かがくじ)・・中世に吉良荘東条を領した東条吉良氏の菩提寺
ここにもあった、赤馬に乗った上野介像
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本堂・・上野介の姉・光珠院が多額の寄付金をした資金を基に建てられた
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次は歴史とは全く関係ない所へ
西尾市憩の農園
地元産の農産物や植木、花々を直売している(市価よりかなり安価です)
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バラを始め、驚くような植物の種類が販売され、自慢のバラ園には約202種、3500本あまりのバラが植えられています
訪れた日は満開のバラが多く、大変見応えがありました
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庭園の見本がいくつかあり、見本ごと販売されています
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お馴染のマンホール
中央に旧吉良町の町章、旧町の花ツツジと吉良家の家紋「五三の桐」
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途中で寄った道の駅ではツバメが子育て中でした
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「しるし」をテーマに、日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)愛知会員らをはじめ、愛知県内のデザイン系大学、専門学校の学生が、自由な発想で表現した200点余りの作品が展示されました
(於・セントラルギャラリー)
(最初は名古屋城の本丸御殿での開催だったので、名古屋城のデザインが多い)

新しく、名古屋の「しるし」に選ぶとすると、どれがいいでしょうか
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抹茶の町散策・2

西尾城址の後は公園内にある「旧近衛邸」へ
旧近衛邸は、摂家筆頭として左大臣を務めた近衛忠房に嫁いだ夫人の縁で、薩摩の島津家によって江戸後期に京都に建てられたもので、数寄屋造り書院と茶室からなっています。
※近衛家の養女になった篤姫も何度かここを訪れているようです

昭和60年に取り壊されることになり、その一部を西尾文化協会が自費で解体移送し、平成7年に西尾市歴史公園に復元された
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建物は勿論ですが、手入れの行き届いたこの庭園がとても素晴らしくて見惚れました
白砂利で表された西尾城の遺構のひとつ・丸馬出(まるうまだし)跡が残されています
この丸馬出は戦国時代末期の16世紀後半に築かれたもの
※馬出・・味方の人馬の出入りを敵方に知られないように城門の外に築いた土手
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西尾城の櫓を見ながら一服
この日の和菓子は「てっせん」・・京都、金沢、松江など昔から茶の湯の文化が根付いている所には洗練された和菓子がありますね
織部の器も素敵です
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こんな散策路を歩いて「尚古荘」へ
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昭和初期に米穀商の大黒屋岩崎氏により建てられた邸宅
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ここも見ごたえのある庭園で、茶室や東屋もあります
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近くの井桁屋公園へ
抹茶の街・西尾に相応しい緑のポストです(現在は11か所のポストが緑色ですが、このポストが一番早く設置されたそうです)
水飲み場もユニークです、自販機もお茶の種類が多い
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いつものマンホール・・中央に市章と、市の木「クスノキ」
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西尾城跡の櫓や旧近衛邸、尚古荘などへの入館料、入園料、駐車料などは要りません

抹茶の町散策・1

西尾の抹茶(正確には「てん茶」と呼ぶ抹茶の粉に挽く前の原材料)は、全国生産量の約30%を占め、「西尾の抹茶」として全国で初めて特許庁の地域ブランドに認定されました

その西尾市には抹茶にも負けない歴史があり、梅雨に入る前の好天日に訪ねてきました
まずは、「西尾市歴史公園」へ(承久の変の戦功により足利義氏が築城した西条城が始まりで、後に足利氏は吉良氏と改めてこの地を治め、城主は頻繁に変わりますが、全て譜代大名)
地図(パンフレットから)
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西尾城(別名は鶴城)址から・・途中に大きい大名時計がありました
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地図には載っていませんが、敷地内には御剣八幡宮や西尾神社もあります
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本丸丑寅櫓
高さは10mと小さい隅櫓ですが、鍮石門(ちゅうじゃくもん)などと一緒に、平成8年に復元された
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上からの見通しもまずまず(濠の近くは木が茂っています)
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鍮石門(ちゅうじゃくもん)・・二之丸の表門
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天守台
普通のお城では、天守閣は本丸にある事が多いですが、西尾城は二之丸にありました(元々は本丸にあったそうです)
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街中を散策してみると門址などの石碑があちこちに建っています
濠と土塁が城下町を囲む「総構え」という体裁で想像以上に広い城域があるようです
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資料館へ入ってみます・・入口辺りから見える本丸丑寅櫓
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常設展は撮影可能・・どこのお城にもある展示ですが
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お城には関係ないですが、こんな展示も(日本の木綿発祥の地)
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※木綿の伝来は桓武天皇の延歴18年(799)7月、小舟に乗って三河国幡豆郡天竺村(今の愛知県西尾市)に漂着した崑崙人(天竺人とも言われる)より綿の種が伝えられたのが最初で、このことは「日本後記」および「類聚国史」に書かかれています

◎西尾市とは・・愛知県中央部を北から南へ流れる矢作川流域の南端にあり、抹茶の産地や三河の小京都として知られる
戦後からの合併や平成23年には、幡豆郡一色町、吉良町及び幡豆町と合併し大きくなりました
豊橋市、岡崎市と並んで三河三都といわれる(画像は借りています)
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春のバラ展・フラリエ

毎年この頃にあるフラリエでのバラ展は、バラ農家の展示即売会で様々なバラが展示されます
(撮影は5月11〜12日)
※花卉の生産が全国一の愛知県は、バラの生産量でも全国一です
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バラは品種が多く、その上毎年のように新品種が出ます
よく似た花が多く、専門家でも間違う事があるとか・・
ブログでも毎年記事にしていますが、今回は少しだけ載せてみます
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新緑が美しい季節・・左の緑は「落羽松(ラクウショウ)」右の紅は「紅葉スモモ」
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庭園内に咲いていた花を少しだけ(オリーブはまだ蕾でした)
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※残雪カズラは定家カズラの園芸品種名

この夏フラリエでは、名古屋市美術館開館30周年記念「モネ それからの100年」「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」とのタイアップ企画として、「睡蓮の池」が登場します
この日、花はまだ2輪しか咲いていなかったので、そろそろまた見に行かなくては
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この日の午後クリスタルガーデン内で、名フィルの団員による「名フィル街角コンサート」がありました(ショパンのノクターンなど数曲)
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