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伊勢神社の肥前狛犬
このブログでは、石炭、煉瓦など、これまでナツメの10ちゃんが注目してこなかったものの歴史について触れてきましたが、今回は狛犬を紹介させてください。あいかわらず、にわか勉強ですみません。
佐賀城の北西に伊勢神社がありますが、この神社の境内には「肥前狛犬」という珍種がひっそり鎮座してます。
「肥前狛犬」?
佐賀もん(元よそ者のナツメ10ちゃん含む)でも、よくて名前だけ、ほとんどの方は「それ、なんっ?」(by佐賀弁)という反応でしょうか。
歴史好きを自認するかくゆうナツメの10ちゃんも名前と形を少しだけ知ってただけ。神社でひっそりと佇む肥前狛犬に恥ずかしながら注目したことはありませんでした。
そこで、今回は、その肥前狛犬の中でも最古級といわれている伊勢神社の狛犬を見学してみました。
狛犬を見学する前に、ちょこっと、伊勢神社と狛犬が製作された時代背景を調べてみました)
伊勢神社は、もともとは鍋島氏の故地であった鍋島町蛎久にあり、鍋島直茂夫妻の信仰厚かった(初代藩主の勝茂はこの神社に祈願した後に出生したらしい)ようですが、慶長8年(1603年)に佐賀城北西に移転させられたようです。また、伊勢大神宮を勧請したのは、国内でここ一社とのこと。神社は 長崎街道沿いに建てられ、「肥前鳥居」という型の鳥居(分割工法が特徴らしい)が街道に面してお迎えしてくれます。
肥前鳥居(長崎街道に面して作られている)
慶長12年(1607年)銘有
伊勢神社の社殿(両サイドに肥前狛犬でない狛犬が睨みをきかせる)
伊勢神社は佐賀城下の北西に位置します
鳥居には慶長12年(1607年)銘があり、造立された年代が明らかになってます。
この鳥居が造立された年、龍造寺宗家の高房(隆信の孫)が江戸で亡くなり、龍造寺宗家は事実上廃絶。その他の龍造寺一門も鍋島政権下に家臣団とし組み込まれ、鍋島政権の基盤が確立しつつあったと思われます。
だからでしょうか、鍋島家は、この時期以降、急ピッチで龍造寺氏の居城であった村中城を拡張して自らの居城として佐賀城の普請(総普請は慶長13年から)を進めるとともに、城下町を整備しています。
城下を整備するにあたって、自分の故地であった鍋島(佐賀市鍋島町)から商工人集団を呼び寄せ、街道沿いに六座(穀物座、縫工座、煙硝座、木工座、金銀座、鉄砲座)町を整備しています。
伊勢神社も元々は鍋島にあったことや、藩祖 直茂夫妻の信仰厚かったことを考えると、鍋島家の城下整備の一環としてこの地へ移転させられたのではないかとナツメの10ちゃんは想像します。
※ ただ、長崎街道が佐賀に整備された年代を知らないので、神社が最初から街道を意識して敷地割りされていたとは断言できないのですが・・。
伊勢神社の狛犬が製作されたのは寛文7年(1667年)。
2代藩主 光茂の代で、曖昧だった三支藩(小城、鹿島、蓮池)の家格を本藩の下に位置づけ、その下に親類格、親類同格、家老、着座、侍・・を定め、ガッチリと政権を支える家臣団構成を制度化して、政権を安定化することに成功していたようです。
「まー、よく時代物のTV番組などで言われているように、世相が戦国の殺伐した状況から抜け出し、少し落ち着いた世の中になってきてたのかな」って思います。藩主光茂も、武家風よりも公家風を諸事好んでいたようで、一部の長老達から嘆かれています。武闘派で鳴らせた藩祖の直茂が生きていたら激怒したんじゃないかな。(その反動か武士道の指南書?「葉隠」はこの時代に生まれています)。
肥前狛犬自体は16世紀末(桃山時代)から存在しているとのことですが、私が調べた限り(大して調べではないのですが・・)、はっきりと製作年代が判っている狛犬では17世紀中頃の年代を示す伊勢神社の狛犬が最も古いようです。(違ったらゴメンなさい
社殿の前には、嘉永2年(1849年)製作の立派な狛犬が睨みをきかせてますが、肥前狛犬は門裏に植えられたソテツ?の両脇にひっそりと置かれています。まるで、肥前狛犬はソテツを守っているよう・・。
高さは40〜50cm程(目分量)で、私にはどちらが阿形か吽形か区別できない(どちらも同じ形にみえる)。2体とも頭部はたて髪や角はなくツルっとしていて、口を閉じて、脚をとじて静かに座っています。悪く言えば躍動感がない。
ずんぐりした顔に大きな優しい目でひっそりと佇んでいるという感じでしょうか。
やさしい目をした
肥前狛犬
狛犬って、神様を守る役目を担っているから、威圧的(上から目線)で睨んでいるものという固定観念があったのですが。この肥前狛犬は・・・。
いや、石工と、この狛犬を奉納した方の素朴さを表すような。
伊勢神社は佐賀では由緒正しい(由緒正しくない神社はないかも・・)神社と思うので、深い信仰心のもと、当時の佐賀で最高級の審美眼と技術でつくられたと思うのですが・・。
しかし、この素朴さを当時の人は「良」と思ったのかも。
ナツメの10ちゃんも威圧されるより、「褒めて伸ばされたい」ほうなので、上司にはこの肥前狛犬のような優しいタイプを望みます。ホント。
ちなみに、伊勢神社にはもともと3対の狛犬がいました。今回紹介した肥前狛犬と嘉永年間製作の狛犬、それに元禄13年(1700年)に製作された「色絵狛犬」です。
ただ、近年、諸事物入りとなったようで、色絵狛犬は有田町の九州陶磁文化館に引越すこととなったようです。
残念ですが、これも時代の流れ(歴史)ということでしょうか。
色絵狛犬(元禄13年の製作)
(現在、九州陶磁文化館へお引越し)
九州陶磁文化館は県立の公共機関ですので、展示品として見学できるときもあるようです。この色絵狛犬、磁器製の狛犬はきわめて珍しとのことなので、骨董市場に流れて行方不明にならなくて本当によかったです。
九州陶磁文化館HP
神社の前には、今は人通りも少なくなった長崎街道と道標が。
藩政期には参拝客で大いに賑わったようです。
な
が
さ
き
佐賀の狛犬について詳しく調べたHP御紹介
肥前狛犬(多久市郷土資料館)
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肥前狛犬〜〜他の神社仏閣ブログでも拝見しましたが、ルックスが独特ですね^^
ここのは「木の下」にあるそうですから、言われないと狛犬だと気付かないかも^^;
ALLポチ☆!
2012/6/5(火) 午後 9:06
肥前狛犬初めてみました〜♪
この造形・・・僕は大好きです。肥前国も奥が深いですねえ!
ポチっと☆
2012/6/5(火) 午後 10:12
ホントに素朴で忠犬って感じがしますね♪
肥前狛犬、まだ他にもいるんですよね!
いろんなパターンを見て見たいのでまた提供お願いします(^-^)/
2012/6/5(火) 午後 11:09 [ yuki ]
肥前狛犬まさに「小型犬」の珍種って感じですよね。
素朴なつくりだけに、いろんな姿してるみたいなので、
調べて報告したいと思います。
2012/6/6(水) 午前 6:59 [ ナツメの10ちゃん ]