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「外車を乗り回して邸宅まで持っている」と話題になり、さらに夫妻共にNHK職員だと騒がれたお子さんには直ぐに1億円の募金が集まってマスコミもそれなりに報道しているのに、その一方で読売新聞は「手術費ない、日本の支援ない…窮する中国残留婦人」と称して「手術費は4000元(約6万円)」も支払えず、「月115元(約1700円)の生活保護」で生活している日本人はそっちのけという現状が伝えられている。
アフリカや東南アジアの飢餓に取り組んでいるNGOにも支援金、募金なんてそう簡単に集まらず苦戦していることも多いと聞く。民間はこんな感じだ。
じゃあ政府はどうなのかと見ると、日本政府は海外の児童生徒には返還不要の奨学金、生活費用をポイポイ投げて日本にまで来て勉強してくれと言っているのに、その一方で日本国の日本人生徒はそっちのけで、「金がなければ勝手に借りろ。借りられなければ勉強するな」姿勢だ。私の子供が生まれたらタイ国籍にして、日本政府から金を貰って勉強させようと思っている。これもおかしな話だ。
本題に戻るが、募金、支援金自体の仕組みを私は信じていないので、そもそも募金することないので関係ないのかもしれないが、ダブルスタンダードはあると思う今日この頃だ。裕福な家庭の子供一人の命を救う為に1億円は集まっても、貧困に苦しんでいる100万人の命を救う為に1億円を集めるのは困難なことだ。様々な国々の人と知り合い、渡り歩いてきたが、まず子供の教育問題や貧困を無くそうと取り組みが目に見える形で見えるのは意外にもイスラム社会だ。以前、カナダで知り合ったシリアとスーダンの友人について書いた覚えがあるが、貧困に苦しんでいる人達に対しての何らかの取り組みは私の前でもしていた。仏教国のタイでも同様。お金でなければ物で支援することもある。人だけでなく、動物も保護する。捨てられた動物を管理する場所があって、そういった場所に寄付が集まるのは誰もが知っている事実だ。とても日本では考えられない。
助けようとする相手が日本の場合は「既に強いもの、既に裕福な者、またはその関係にあたるもの」だ。そういった人やモノを助けることについては、何の違和感もない。軍国主義時代の精神が今でも無意識に継続していることが受けて取れる。 逆に海外は助けようとする相手が貧困に苦しんでいる人、動物から教育格差問題まで様々なことだ。。。
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