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戦争の捉え方と伝え方

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 本日8月9日、長崎では平和祈念式典が行われました。8月6日と並び、唯一の被爆国として決して忘れてはいけない日でしょう。


 今回はこれを機に戦争についてちょっと書いてみようと思います。



 原爆の悲惨さはここで改めて書くまでもありません。2度と使われるべきではない兵器です。そして、その被害について、たとえひとつの捉え方の提示であっても、国を守るべき立場のトップの人が「しょうがない」と発言するのはやはり避けるべきだったと思います。


 その上で…なぜ「しょうがない」という言葉が出たのか。どうもそこには「原爆投下によって戦争を終わらせることができた」という考えがあるようです。これは日本の中でも、とりわけ被爆地になった広島と長崎の人々にとっては受け入れがたいものだと思います。


 ところが、この考え方は原爆を投下したアメリカ側には深く根付いているようで、アメリカの子どもたちには原爆についてこのように教えているそうです。その授業の様子が先日ニュース番組の特集で紹介されていました。実際に投下の操作をした人が子どもたちに向かい、
「あの状況ではあれしか方法がなかった。原爆を投下していなかったら、アメリカ側も日本側ももっと多くの被害者が出ただろう。あれによって戦争を終わらせられた。」
と話していました。


 みなさんはこの考えについてどう思いますか?


 私にはこの考え方はとても納得できません。その最たる理由は「1人」を「ひとり」として見ていないように思うからです。


 原爆がなかったらもっと被害者が出た。

 この考えからするに、重要だったのは被害者の人数なのでしょうか。確かに多くの被害よりは小さな被害の方が良いでしょう。しかしそれは時にトップの人たちの都合でしかなく、人的被害においてはひとりひとりの命の重さがあるはずです。


 例えば、数字にしてしまえば「100人」の4文字で済んでしまいますが、その捉え方は「ひとり」、「ひとり」、「ひとり」…の100人分でなければいけないと思うのです。この「ひとり」にはそれぞれの名前も入るでしょう。石碑にひとりずつ名前が刻まれているように。そう考えていれば、「被害者が200人になったかもしれないところを100人で抑えられて良かった」とは、つまり、「もっと被害者が出たかもしれないからその前に原爆投下で終わらせられたのは良かった」とはとても言えないはずだと思います。


 100人亡くなったから大事故ではなく、1人でも亡くなったら大事故でしょう。


 ここにはリスクマネジメントという考えも絡んできそうですが、特に人的被害において、負の比較をしているのに「良かった」という言葉は出てくるべきではないと思います。




 さて、日本ではこの季節になると戦争についての特集やドラマなどが度々テレビで放送されます。原爆だけでなく、特攻隊、沖縄、東京大空襲といったテーマの下、その現実を伝え続けるという大切な役割があることでしょう。語り部さんの高齢化も考えると益々その意義は大きくなるはずです。


 しかし同時に気になることもあります。これはあくまで私見ですが、あまりに被害面や特攻隊の勇姿ばかりを取り上げてはいないだろうかということです。


 もちろん被害に遭われた人たちの大変さや悲惨さを描き、伝えていくことの意義は間違いなく大きなものです。それを知ることで戦争は2度と起こしてはいけないと感じ、平和を保っていく努力にもつながるでしょう。特攻隊にしても、当時の状況からすればその任を避けることは出来ず、だからこそ国のために命を捧げた若者たちの姿は勇気あるものとして伝えられていくことでしょう。


 その一方で、日本の攻撃によって命を落とした人々もいるはずですし、特攻隊が悲しき英雄のように扱われているのをその被害に遭った遺族が見てどう思うのか。日本側からすれば国を守るために「しょうがない」特攻隊だったとしても、遺族側からすればそんな背景は関係なく、特攻隊は憎い存在なのではないでしょうか。


 こんなことを書くとみなさんから多大な非難とお叱りを頂くかもしれません。

 しかし、戦争を知らない私たちにとっては、その被害面だけでなく、日本が犯していった罪や残酷さを知るのも「戦争を知る」ことだと思っています。その負い目を学ぶことが戦争を起こさないことにもつながると。そういった日本の罪の部分や反対側からの視点というのももっと伝えてほしいと思っています。



 今回は重い内容になりましたが、ニュース番組で式典の様子を見ながら今回はこれについて書こうと考えました。未熟な文章の為、もしかしたら誤った認識や乱暴な意見があったかもしれませんが、ひとつの考えとして捉えて頂ければと思います。






 さて、今回の記事を区切りに、昨年同様このブログも夏休みに入ろうかと思います!明日実家に帰るのですが、またまたPCをそう自由には使えなくなるので(^^; まぁ週に1回でも更新できればと思ってますし、なるべくみなさんのところにも顔を出したいなと♪

 暑い日が続きますが、みなさん体調と事故には十分気をつけて楽しい夏休みを過ごしましょう!!

閉じる コメント(8)

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久間発言の元ですね。
地元出身の代議士に言ってもらいたく無かったと言うのが
長崎市民の気持ちでしょ。

2007/8/9(木) 午後 11:57 パソ親父

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現在の平和な日本では、あの戦争のむごい状態を伝えていくのは、ほんと困難なことだと思います。あの大臣の発言は、長崎出身だと聞いて、2度驚きました。自分も戦争を知らないのに、子供に伝えなければならないというのは、ん〜ムツカシイです・・。

2007/8/10(金) 午後 6:58 hid*k*youk*200*

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最も大切なことは、戦争の悲惨さを正しく学び二度と同じ過ちを
繰り返さないようにすることでしょうね。
広島に生きる私にとっても、ヒロシマをきちんと息子や次代へ
伝えていくことは大きな責任だと思いますが、
まだまだ勉強不足&努力不足です・・・
母方の祖母から聞かされていた実体験の話をどこまで伝えられるのか?最近上映の映画なども活用しながら、自分も含めて勉強です。

2007/8/11(土) 午後 0:09 てじゃん

広島出身なので、戦争の話は小さい頃から親や学校でたくさん聞いてきました。日本が犯した罪や残酷さ、伝えていくべきだと思います。そして、反省すべきです。未だに韓国や北朝鮮に対して、ホントにちゃんとした謝罪が出来ていない日本政府。これは大きな問題です。
日本は被害者だという考えを持った人はたくさんいると思いますが、加害者だということももっと知っていくべきだと思います。

2007/8/13(月) 午前 10:59 るいこすた

パソ親父さん→コメントありがとうございます!やはり地元出身の政治家からあのような発言が出たのはその土地の人たちにとって残念なことだったと私も思います。

2007/8/13(月) 午後 11:18 エムオー

KOBAYASHIさん→おっしゃるとおり、戦争を伝えていくことはとても困難な作業だと思います。いくら悲惨な話であっても、やはりそれを経験したかorしていないかの間には大きな差があることでしょう。伝える継続と知る努力がお互いに大切だと感じます。

2007/8/13(月) 午後 11:26 エムオー

てじゃんさん→まさにその通りで、戦争を学んで二度と起こさないようにしなければなりませんよね。私も祖父から色々と戦時下の話を聞いたことがありますが、その内容を自分がどれだけ正しく理解できているかはわかりません。もっと学ぶ必要があるのかなと私も感じています。絶対に繰り返してはいけません。

2007/8/13(月) 午後 11:34 エムオー

RuiCostaさん→唯一の被爆国であることが確かな一方で、同時に日本の罪の部分にももっと目を向けるべきだと私も思います。「あのような被害や悲惨な生活は嫌だから」という理由で戦争を起こさない努力ももちろんアリですが、それと同じくらいに「残酷な罪を反省しているから」という理由があってもよいと思います。被爆国という面ばかりに捉われてしまうのではなく、日本も相手国にダメージを与えた以上はそのことについても知ることが大切なのではないかと感じます。

2007/8/13(月) 午後 11:43 エムオー

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