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紫の嵐電にもようやく慣れて来ました。

京成

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3000形増備再開

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日車ブロック工法車体を採用し、長年増備されていた3700形の後継ぎ的存在の京成3000形、最初の3001編成のみ8連で、以降の3002編成からは3025編成は6連ばかりになり、赤電各形式の置き換えに充てられて来ました。

赤電も残すところ3300形のみになったところで、成田スカイアクセス線に関連してAE形と3050形(広義に3000形に含まれていることもあります。)と投入となり、一大事業となったためか、3000形の増備が止まり、3300形も寿命が伸びていました。

スカイアクセス線関連が落ち着いたのでしょうが、今年に入って3000形の増備が再開され、3026編成と3027編成が投入されましたが、3001編成以来となる8連となり、これに伴い3500形更新車で4+4を組んでいる編成が数本4連にバラされ、玉突きとなる形で3300形に廃車も再開され、青電、赤電、消防車色の各リバイバル塗装の編成も一気に引退となってしまいました。

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北総鉄道の小室〜印旛日本医大間の第三種鉄道と言う扱いになっている千葉ニュータウン鉄道、前身の住宅都市・整備公団→都市基盤整備公団時代から全て北総任せの第三種鉄道でありながら独自の車両(それも二形式)を保有しています。

そのうちの2000形→9000形はゲンコツこと北総7000形引退後も新京成松戸乗り入れ時代から活躍を続ける車両となっていましたが、ゲンコツが京成3000形と同設計の北総7500形に置き換えとなったのに続き、9000形も同じく京成3000形設計の9200形に置き換えられることになりました。(9200形はC-Flyerこと9100形と同じ黄色と青の帯色に。)

既に9200形9201編成が運用いりしたことで2本居るうちの9008編成が置き換えられ、9000形は9018編成を残すのみになりました。

9200形の登場によって、わざわざ車両を持つ第三種鉄道はこれからも続くことになりましたが、運用的にはN運用で北総車と全く共通で運用されており、都営浅草線関係の乗り入れでどちらかが来るかは楽しみにと言う見方も出来ます。

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関東において唯一の準大手私鉄の新京成電鉄、親会社京成は元よりVVVFインバーター最初期の昭和61年において直流1500V線でのVVVFインバーター車として8800形を登場させ、車両技術面において一目置かれる存在となりました。(その頃、何とか最悪の経営状況から脱しかけていた親会社はまだチョッパ制御の3600形を増備中・・・。)

そんな新京成、去年10月に8000形の8508編成、今年に入って最後までVVVF化されなかった8516編成が廃車され、開業してからまだ比較的歴史が浅い鉄道はともかくとして、大手私鉄でも京王だけしかまだ達成していない営業用車両全車VVVF車化を達成しました。

これを記念して記念乗車券まで発売された程で、最近では乗客減に悩まされているとは言え、松戸〜京成津田沼全線乗り通しても250円と言う良心的過ぎる運賃設定と、まだまだ親会社より先を走り続ける存在であり続けることでしょう。

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京成高砂駅の青砥寄りは京成・都営・京急・北総の各種列車を撮影するのに絶好の場所ですが、青砥との一駅だけの複々線区間と青砥駅の二層高架化は経営危機に直面していた昭和50年代後半に行われ、前者は昭和60年、後者は昭和61年に行われていました。

青砥駅の二層高架化は現在で言う所の阪急淡路で見られる様な平面交差で列車が錯綜するのを解消する為でしたが、一駅だけの複々線は北総の高砂延伸とそれに伴う都営浅草線乗り入れで列車本数が増加するのを見越してでした。(阪急淡路も青砥駅の様になるのは決まりましたが、完成は何時になるやら・・・。)

一駅だけの複々線は当初は余裕たっぷりでしたが、成田スカイアクセス線が開通した今では、二ルートで成田空港に向かう列車が行きかう様になってこれがすっかり功を奏してる感があります。

3600形30周年

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今から30年ほど前の京成は一時は瀕死寸前の経営危機にあり、赤電のファイヤーオレンジ一色を消防電車と皮肉られた他、本線江戸川橋梁が架け替えられるまでの重量制限で赤電の冷房改造に踏み切れなかったと言うのもありましたが、通勤冷房車は増備が続いていた3500形のみで、関東大手最低の冷房化率の中で夏に3500形に当たると地獄に仏とでも言いましょうか、白い恋人達とまで言われて持て囃されていたこともありました。(経営危機にあったとは書きましたが、上記の江戸川橋梁架け替えと青砥駅の二層高架化、青砥〜高砂間の複々線化はこの頃に行われていました。)

3500形の増備終了後、追って3600形が6連で今からちょうど30年前の昭和57年夏に登場しますが、3500形では都営浅草線乗り入れの関係で見送られていた界磁チョッパ制御をワンハンドルマスコンと併せて通勤車で初採用、3500形最終期の増備で試用されたオールステンレス車体を本格採用、側窓も一段下降になって3500形より洗練された印象にはなりましたが、内装は3500形と余り変わりないベージュの壁に白天井に扇風機装備となりました。

増備はされるものの、少し後にトンネルの向こうで登場した京急1500形共々都営浅草線乗り入れ対応で設計されていながら当初は界磁チョッパ、ワンハンドル車の乗り入れが認められず、当初は乗り入れの絡まない京成線内運用のみで、3600形が6連普通で追い抜く優等は非冷房の赤電と言う事も少なくなかった様です。

その後、昭和61年に3600形で都営側のワンハンドル車訓練が行われてようやく乗り入れが可能になり、後に乗り入れが可能になった京急1500形共々5000形が全盛の浅草線において床も熱くない冷房車となります。(その頃の都営の冷房車はようやく5200形が冷房化されただけでした。)

平成になってからは6連で先頭車が制御車と言う事で京急乗り入れに絡まない運用で使用が続き、帯色が3700形が準じた物になった位で大きな変化はありませんでしたが、平成9年になって設計当初より想定されていた8連化が行われることになりました。

が、既に3700形の増備が進行している中、当初想定の1ユニット新製による8連化は今更界磁チョッパ車の新製とは行かず、6連3本をバラし、Mユニットを他編成に組み込みことになりましたが、その結果、元3608・3628・3668の各編成の制御車ばかりが余り、これらは6連に組み直して3700形と同じVVVFを用意して両端4両を電装され、一見ブツロクに見える固定編成が出来上がりました。

組み換えの結果、8連6本と6連1本になり、8連(1本芝山鉄道貸し出し。)は本線と浅草線乗り入れの優等に、6連は金町線を除く各線の普通運用に就いていますが、8連は今日に至るまで先頭が制御車のままで京急乗り入れが出来ず、その為に本線特急や西馬込〜佐倉間の快速運用が多いものの、運用上やや難がある存在とも言えなくは無いです。(VVVF改造車は京急乗り入れ可能で、東急車輛→総合車両製作所から京成向けの新形式が出た際の牽引役に用いられます。)

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