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日車ブロック工法車体を採用し、長年増備されていた3700形の後継ぎ的存在の京成3000形、最初の3001編成のみ8連で、以降の3002編成からは3025編成は6連ばかりになり、赤電各形式の置き換えに充てられて来ました。 |
京成
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北総鉄道の小室〜印旛日本医大間の第三種鉄道と言う扱いになっている千葉ニュータウン鉄道、前身の住宅都市・整備公団→都市基盤整備公団時代から全て北総任せの第三種鉄道でありながら独自の車両(それも二形式)を保有しています。 |
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関東において唯一の準大手私鉄の新京成電鉄、親会社京成は元よりVVVFインバーター最初期の昭和61年において直流1500V線でのVVVFインバーター車として8800形を登場させ、車両技術面において一目置かれる存在となりました。(その頃、何とか最悪の経営状況から脱しかけていた親会社はまだチョッパ制御の3600形を増備中・・・。) |
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京成高砂駅の青砥寄りは京成・都営・京急・北総の各種列車を撮影するのに絶好の場所ですが、青砥との一駅だけの複々線区間と青砥駅の二層高架化は経営危機に直面していた昭和50年代後半に行われ、前者は昭和60年、後者は昭和61年に行われていました。 |
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今から30年ほど前の京成は一時は瀕死寸前の経営危機にあり、赤電のファイヤーオレンジ一色を消防電車と皮肉られた他、本線江戸川橋梁が架け替えられるまでの重量制限で赤電の冷房改造に踏み切れなかったと言うのもありましたが、通勤冷房車は増備が続いていた3500形のみで、関東大手最低の冷房化率の中で夏に3500形に当たると地獄に仏とでも言いましょうか、白い恋人達とまで言われて持て囃されていたこともありました。(経営危機にあったとは書きましたが、上記の江戸川橋梁架け替えと青砥駅の二層高架化、青砥〜高砂間の複々線化はこの頃に行われていました。) |






