モボ105(にゃんこ)のブログ

紫の嵐電にもようやく慣れて来ました。

JR九州・西鉄

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1月1日は時間の都合で帰りに西鉄に寄る事は出来ませんでしたが、長崎駅で少しだけJR九州の列車も撮影を・・・。

特急かもめが頻繁に走る長崎本線ですが、県境を挟む肥前大浦〜湯江間は普通列車の本数が少なく、青春18きっぷ等で長崎に出入りするなら、快速シーサードライナーが走っている大村線経由の方が便利になります。

その大村線でJR九州になってからのキハ200と共に活躍しているのが、昭和49年に当時の国鉄の一般型車両としては異例の集中式冷房、転換クロスシート装備で登場したキハ66になります。

元は山陽新幹線の博多開業を控えての筑豊地区のローカル輸送改善に登場したキハ66、現在リバイバル塗装で居る編成がそうで居るように国鉄急行色で登場し、キハ58をも凌駕する設備から急行で運用されたこともありますが、その設備と自重40tを超える重量級になって、当時の国鉄の財政事情が他での増備を許さずに筑豊オリジナルの車両になりますが、両開き二扉転換クロスシートと言う設計は後に117系電車で生かされることになります。

筑豊本線と篠栗線の電化による福北ゆたか線化で他線区に転じることになりますが、その重量級から転出出来る線区は限られるものの、無事に?大村線と言う第二の職場を得て、シーサイドライナー塗装化に内装やエンジン更新、ワンマン設備の搭載はありましたが、異例の設備は今日までそのままで、全国共通が当たり前だったあの頃の国鉄形車両らしからぬ雰囲気を放っています。

アクの強い西鉄通勤車

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2000形が引退した西鉄天神大牟田線では、昭和50年から平成3年までの長期間に渡って136両も投入された通勤車の主力5000形の一番初期の車両が最古参になりました。

長期間に渡って投入された為に、細かなマイナーチェンジは見られますが、基本的には3扉車ロングシートと通勤車としては標準的な方ですが、後の4扉車となった6000・6050形にも受け継がれたアイスグリーンにボンレッド帯を巻いた塗装と、運転席側だけがパノラックウィンドゥとされた前面でかなりアクの強い印象を受けます。

6000・6050形は5000形の後継車的存在となっていますが、ラッシュ時の急行の混雑緩和と登場当初に行われていた西鉄福岡駅のターミナルビル建設で折り返し時間を短くする必要に迫られていた事から4扉車になりましたが、6050形は西鉄初のVVVF車となり、大手私鉄最後の初VVVFとなった阪神(5500系)よりは僅かに早いものの、ブービー賞となっています。

5000形も6000・6050形も天神大牟田線の通勤輸送を支えて来ましたが、日中の急行が基本的に3000形の運用になってからは3連を2本繋いだ急行運用は余り見られなくなっていますが、ラッシュ時には2扉転換クロスシートで混雑に弱い8000形を比較的混雑していない本線普通や大宰府線に回しての特急運用に入る姿がまだ見られています。(この辺りの扱いは京阪の8連ロングシート車と8000系の扱いと似ています。)

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大手私鉄では最後まで鋼製車体専門で頑張っていた西鉄ですが、初のステンレス車3000形の増備が進んだ今、7000形とその3扉バージョンの7050形は完全に最後の鋼製車体の新車となりました。

かつては天神大牟田線は普通列車も福岡(天神)から大牟田までロングランする列車が多くありましたが、大牟田寄りの小駅は利用客は少なくて5000形や6000・6050形の4連では輸送力過剰気味で、宮の陣以南から大牟田までの普通列車は両形式の投入により2連ワンマン化され、合わせて甘木線で運用されていた600形2連のワンマン編成も置き換えられ、甘木〜大牟田間はワンマン普通が通し運転される様になり、福岡(天神)から宮の陣以南に行く普通列車は最遠でも大善寺折り返しになり、日中の大善寺〜大牟田間で見られる車両は基本的に特急の8000形とワンマン普通の両形式のみとなりました。

5000形以来のアイスグリーンにボンレッド帯の通勤車塗装も最後になりましたが、ワンマン運転時の視界確保に片パノラミックウィンドゥを止めてブラックフェイスの両面パノラミックウィンドゥになって、西鉄の通勤車にしてはやや大人しい雰囲気になっています。

ワンマン運転専用と言う訳ではなく、7000形か7050形同士の2+2編成でのツーマン運用で宮の陣以北にも姿を見せ、福岡(天神)や大宰府線にも顔を出す事がありますが、ワンマン運用時は種別幕はワンマン表示だけで普通表示は出さないので、この時だけ普通幕が見られます。(その他にも6000・6050形との併結も考慮されていますが、まだ実現していません・・・。)

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元特急車の2000形が引退した西鉄ですが、平成元年にJR九州が鹿児島本線に投入した811系への対抗と2000形に代わる特急車として登場した8000形はカード専用の公衆電話が撤去された位で、同時期生まれの京阪8000系が新塗装化やリニューアルで大きく姿を変えているのとは対照的に変わらぬ姿で活躍を続けています。

高運転台が中央にあって前面展望は今一つの2000形とは打って変わって、先頭車前部と第一扉までは前面展望のみならずに側面窓も大きな一枚窓とした展望席となっており、特に一枚窓はかつての151系こだまのパーラーカーより大きな窓と言われています。

見た目も斬新になりましたが、平成になったばかりの頃はVVVFはまだまだ発展途上で高価な上に界磁チョッパや界磁添加励磁制御は過渡期的技術、特急車では回生ブレーキの使用頻度が低くて省エネ効果が期待出来ない事から、近鉄21000系や小田急10000形等と共にあえて抵抗制御とされています。

1000形の引退までは格下げされた2000形と合わせて三世代の特急車が同時に存在していましたが、気付けば8000形だけになったものの、3000形の増備で急行のサービスレベルが上がった事もあり、そろそろリニューアルしても良い様な気もします。(3扉化は展望席の構造上、阪急6300系以上に出来ない相談でしょうが・・・。)

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元特急車の2000形が引退した西鉄天神大牟田線ですが、代わって初のステンレス車3000形が完全に急行の主力になりました。

大手私鉄では最後まで鋼製車体専門だった西鉄がついにステンレス車を受け入れたとして話題になりましたが、軽量化による運行コストの削減の為と言われており、急行用で2000形(最初は600形と700形)の置き換えと言う事で車端部を除いて転換クロスシートとなっています。

当初は3連と2連が用意され、3連は2本繋いだ急行運用、2連も2本繋いだ普通運用となっていましたが、すぐに3連と2連を併結した5連で主に急行運用に使われる様に代わりますが、増備は変わらず3連と2連が平行されていましたが、3009Fより5連固定になって初めて付随車が登場しますが、編成毎の車番末尾の下二桁は各編成入り乱れており、3連は01・02・06・07、2連は03・04・05・08・13、5連は09・10・11・12とちょっとややこしい事になっています。

2000形の引退で日中の急行は普段は3000形が完全に主力ですが、8000形に予備車が不足すると3+3編成、正月ダイヤ等の多客時では2+3+2や5+2の編成での日中の特急運用が見られる事もあります。(この場合や3000形そのものの検査時などは日中の急行に5000形の3+3編成が代走の代走で入ります。)

それにしても、この車両の顔は何時見てもひょっとこを連想する物があります。(何

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