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偉大なピアニスト、ハンク・ジョーンズが16日に91歳で亡くなったという訃報が届いた。 親日家でも知られるハンク・ジョーンズは今年の2月にも来日し、ザ・グレート・ジャズ・トリオのリーダーとして元気な姿をブルーノート東京で披露したばかり。 1930年代から本格的な活動を始めて、チャーリー・パーカー、ビリー・ホリディ、マイルス・デイビス等数多くの伝説的なジャズメンと共演してきた、まさに生きるジャズの歴史であったように思う。 スタンダードを得意とするピアニストとして日本で人気があったのはレッド・ガーランド、トミー・フラナガン、そしてハンク・ジョーンズだった。 当時はそれほど多くのリーダー作は残していなかったが、やはり人気盤はマイルスと共演した「サムシン・エルス」か。 ハンク・ジョーンズはミシガン州ポンティアックの生まれで、ミシガンやオハイオのバンドで修行後、バッファローでジョージ・クラークのバンドを皮切りにニューヨークに進出。 そこではバド・パウエル、アル・へイグからかなりの影響を受けている。 ビリー・エクスタイン、コールマン・ホーキンス、ハワード・マギーなどのバンドで腕を磨き、47年にノーマン・グランツ主宰のJATPに加わり人気は赤丸急上昇。 その後はエラ・フィッツジェラルドの伴奏、ベニー・グッドマン楽団に2年在籍とあちこちで引っ張りだことなったようです。 ↓ ABC/Paramountに64年に録音した This Is Ragtime Now!はタイトルどおりのラグタイム・ピアノを披露した異色作で、こちらも Hinton/Johnsonコンビとの共演。 ||[[attached(4)]] しばらく名前を聞かなかった時期がありましたが、75年に突如としてロン・カーター、トニー・ウィリアムスを従えてグレイト・ジャズ・トリオとして復帰(実際は Hanky Pankyが復帰作)。 緑の芝生のピッチャーズ・マウンドが写ったジャケットの77年のライブ盤は印象的でした。 その後は常に第一線で活躍していたのはみなさんもご存知だと思います。 彼の参加した作品は膨大な数にのぼり、ずば抜けた個性は感じられないにせよ、その全ての作品で彼の洗練された、味わい深いタッチが楽しめるのはまさに脅威的だと思います。 合唱 |

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