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レコードをジャケットから取り出し、レコード盤に汚れがあれば拭き取り、ターンテーブルに乗せ、針先をきれいにして、針をゆっくりとレコード盤の一曲目に落とすまでの緊張した時間はたまらない。 デジタル時代になってからはボタンひとつですぐに再生されるからアナログ・レコードのようなゾクゾクするような期待感は得れない。 ジャケットを眺めながら、レコード盤に針が乗っかって音が飛び出すまでの間というのは暗闇で映画の始まりを待つときの気分と似ているような気がする。 洋画の場合はヌーベルバーグあたりからタイトルバックに凝った映画が多く出た。 中には映画が始まってしばらくしても一向にタイトルバックが出てこないで、一体いつになったら出てくるのかとそればっかりが気になる映画もあった。 映画のタイトルバックというのは本編とは違う楽しみがあって、本編がなくても楽しめるような映画もあったりする。 また、タイトルバックは本編のイントロとして観る人の気持ちを確実にひとつの道へと導いて行ってくれる。 かといえば、アメリカの大手の映画や邦画のように会社の大きなマークと大きな音で仰々しく始まるのもある意味では「映画が始まるよ」と教えてくれているようなものだ。 レコードの出来を暗示させるような秀作ジャケットを選ぶとすれば2枚、3枚どころか何十枚も候補に挙がってしまうし、人に依っては100枚近いかも知れない。 モダン・ジャズでとびきりのジャケットといえばソニー・クラークの「クール・ストラッティン」は上位にくるだろうし、外せないでしょう。 本家アメリカではなぜか評価が低いが、ひょっとしたらジャケット・デザインが内容以上に日本人に訴えかけるものがあったのかも知れません。 古き良き時代のアメリカを思わせる、ハイヒールを履いた女性が歩く姿、その向こう側を歩くトレンチコート姿の男性とその奥に停まっている車。 女性の足の角度も絶妙で、そのハイーヒールの足はまさしく50年代のトレンドで、それを見ただけでその頃の空気にひたることが出来るというものでしょう。 また、リズミカルな感じの遊び心のあるレタリングもバランスが良く、惹きつけるものがあります。 考えてみたらブルーノートの作品のほとんどが演奏者のポートレートであるのに本作を含めて僅か数枚がこのような街のショット等が使われているという事実も興味深い。 「クール・ストラッティン」の演奏内容は確かにいい。 しかし、このジャケットでなかったら魅力は半減していた? |

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