レコードショップ奮闘記 ジャズとロックの中古レコード屋のブログ

2005年8月から始めた横浜上大岡の中古レコード店ビッグ・ビート・レコードです。 楽しいことや苦しいこと。 ご意見待ってます。

登山バカ日誌

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じいさん、ばあさんが中心の登山会に入ってますが話が合わないのが一番辛い。 それに年寄りは足が速い! しんどい目をして登ってなにが楽しいのか未だにわからないのに登ってるこの私はバカとしか言いようがない。 しかし知人には毎週のように登ってる信じられないようなオオバカがいるからまだましでしょうか。  
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昨年の7月に登山会で一泊して登った三国山や三国峠のことをときどき思い出します。

歳を重ねる毎に元気になっていくような登山会の面々と一緒で、貸切バスの中でも普段のうっ憤を晴らしたいからか大はしゃぎの方も多い。 「おいおい入れ歯が外れるぜ」と注意したくなる。

夜行性のような生活をしている私からすれば朝の早い時間に起きてまだ暗いうちから5キロ、10キロのウォーキングを毎朝欠かさない方が多いのにはただただ驚かされる。

ウトウトしているといつの間にかバスは新潟側登山口に到着。


三国峠は三国街道の名前の由来となった峠であり、関東地方と越後国を結ぶ三国街道最大の難所。
三国山は1,636メートルの山で群馬県と新潟県との境にあり、谷川連峰の一番西の端に位置しています。

上は上州を指し現在の群馬県で、信は信濃または信州で長野県、越は越後または越州で現在の新潟県。 いわゆる上信越ですね。
ところが三国の接点であるべき場所は三国峠から15キロも離れた白砂山で、実際には三国が交わった場所ではないようです。


あいにく天気は良くなくいつ雨が降り出してもおかしくない雲行き。
ハシャギながら登る高齢の方を横目で見ながらとぼとぼと登山道を登っていくとお花畑と呼ばれるニッコウキスゲ等が咲いている丘に到着。

雨が降り出したので雨具を取り出し、更に頂上を目指しましたがガスがひどくなり、途中で昼食をとった後、頂上には登らずに引き返すことに。 残念。


頂上からは苗場山をはじめとする越後の山々、赤城山をはじめとする関東の山々が眺望できると聞いていたのでいささかがっくり。

それでもガスの間からかいま見えるそれらの山々は幻想的でもありました。
「蛭に噛まれた」という声が上がり、足元を見るマイクロ・エイリアンのような蛭がウジャウジャ。 足をバタバタさせて急ぎ足で麓を目指します。


ほうほうの体で群馬側登山口に到着し、法師川に沿って蛭を避けて歩き、やっとの思いで宿に到着。
宿は法師温泉「長寿館」。 ここに泊れるだけでも今回の登山は価値がありました。

「国登録有形文化財」の大浴場はJRの国鉄時代のフルムーンポスターの舞台になった大浴場「法師乃湯」はかなり有名。


建築されてから一世紀以上経っているこの浴場の電灯は柱に数個あるのみで窓から入る外からの灯りが頼りな為薄暗く、年代を感じさせる浴槽は貫禄があります。
純度100%の源泉が下に敷き詰めた玉石の間からポコポコ自然湧出す四つの浴槽は微妙に温度が違うようです。


団体で宿泊したから格安で泊れたものの個人で泊るとなればそれなりの出費は覚悟しなければならない。
それでも宿から眺める外の景色、身体の芯から温もれる温泉、風情のある部屋、現地調達の食材をうまく活かした夕食と満足すること間違いなしです。


翌日は赤谷湖を回り、お土産を買っておしまい。
案の定、帰りのバスの中は静かでゆったりと熟睡が出来ました。

仕事の帰りに夜食をとりに立ち寄るのは決まって上大岡タンタン。
名物のタンタン麺を食べるかといえばそうではなく、もやしそばとか広東麺の野菜のたっぷり入ったものをガッツリ食べるのが好きですね。
立ち寄る時間は午前1時過ぎとか、閉店間際の2時半。
客も減って新聞を広げ読みながら食べれるのがいい。
↓これがもやしそば。
||[[attached(2)]イメージ 2]||

親父さんが巨人ファンな為、とってる新聞は読売新聞と報知。
関東ではこれは仕方ない。
親父さんと野球の話をすると決まって巨人中心の話題になるのが困る(笑)。
たまには地元の横浜を応援してやれよ、といいたくなる(笑)。
木曜日の夕刊にはみなみらんぼうの「一歩二歩山歩」という登山のコラムが載っていて、木曜日はいつもこれを読むのが楽しみ。 それ以外は読売は巨人の機関紙のような気がするのであまり読む気はしない(笑)。


で、1月28日(木)の「一歩二歩山歩」は大阪と奈良の県境にある金剛山の話。
金剛山の最高所は葛木岳で標高は1125メートル。
ロープウエイも使え、関東でいうと高尾山のような山。
この時期、樹氷が楽しめるとある。
これは行かねば、と興奮しながらその日は勘定を済ませて帰宅。

二、三ヶ月に一回は高齢の母の様子を見に関西の実家に戻らねばならないことから今回は金剛山にも登ってみることに。

金剛山へは大阪なんば駅から南海電鉄高野線に30分揺られて河内長野駅まで行くわけで、なんばでは名物の串揚げを頂くことに。 で、串揚げといえばやはり通天閣は新世界にある串揚げの元祖「だるま」でしょう。 串揚げは「ソースの二度付けはお断り」で有名ですね。


串揚げは肉や野菜を串に刺して揚げた、いわゆるフライで、神戸ではあまり見かけなかった。
大阪でサラリーマンとして働いていた時は帰りにJRの地下にあった立ち飲み屋で同僚とビールと串揚げで乾杯が定番でした

↓「だるま」新世界本店
||[[attached(5)]イメージ 5]||

新世界本店では105円の串揚げがなんば店では120円。 これは地代の問題で仕方ないか。
ということは最近北新地にオープンした店はもっと高い?


熱々の串揚げ、甘辛い味噌に絡まったスジ肉が美味しいどて焼きにキンキンに冷えた生ビール。 ときどきキャベツを頬張り、たまりまへんな。
店員さんが溶いた小麦粉をしつこくしつこくずっとかき混ぜてたのが印象的でしたね。

↓「だるま」なんば店
||[[attached(7)]イメージ 7]||

通天閣のあちこちにビリケンの人形が。
「幸福の神様」ビリケンは生誕100年だそうです。
ビリケンの足の裏を撫でたら願い事が叶うらしいですが、本当でしょうか。


朝食はなんば千日前商店街の中にあるうどん屋さんで朝の腹ごしらえ。 うどんが190円っていうのは関東では信じられない値段。 関西のうどん屋にしてはダシがちょっと辛かった。 関西だともっと昆布の味を利かさなきゃ、と思いつつ駅に急ぐ。

南海電鉄のなんば駅でお昼に食べる駅弁を買おうと思ったら店が無い。 
駅は近年綺麗になってしまっていて、ひょっとしたら駅弁屋がなくなったのかも。
仕方なくコンビニ弁当を買って出発のベルが鳴り出した高野線の急行に飛び乗ることに。

河内長野駅で気持ち良くトイレに入っている隙にバスは中高齢者の登山客でいっぱいで座る席はもうなし。

ロープウエイ駅から登って、山頂から登山口に戻るコースを当初考えていましたが、帰りはバスに座りたいと思っていたのでコースを変更し、登山口から山頂に登り、バスの終点のロープウエイ駅に戻り、そこから帰りのバスに乗って河内長野駅に戻るコースに計画を変更。

バスのつり革に掴まり、30分ほど揺られて金剛山登山口に到着。
バスを降りてロープウエイ方面に少し歩いたところに登山口を発見。


急な石段を登り切ると千早城跡、登山道は徐々に雪道に変わりだしたので安物の4本ツメのアイゼンを装着。


歩くに従って樹氷が美しく、この世とは思えないような幻想的な世界に頭が少しクラクラ。


滑って転んで尻餅をつかないように慎重に丸太の登山道をしばらく登ると金剛山山頂に到着。
さあ、お昼のお弁当を食べるばい、と意気込んでいたら悪夢が到来。


中学生と思われる団体がウジャウジャと現れ、5分もすると山頂はゴキブリホイホイの箱の中状態。
慌しい雰囲気の中、食事を済ませて、転法輪寺の前を横切り、展望台方向に登山を再開。
中学生の団体も休憩が終わったのか一緒に歩く羽目に。

↓樹氷がまるで桜のよう。
||[[attached(13)]イメージ 13]||

アイゼンをつけてる子もいれば普通の運動靴のみの子も多数いたのでやや心配しながら自分の足元を心配しながらコースをひたすら一歩、二歩、山歩。

途中、雪がなくなったのでアイゼンを外したのはいいのですが、また雪道が始まり、それも急な坂が多かったので思いのほか緊張し、寒いのに汗だくになりながらロープウエイ駅に到着。

案の定、次の登山口のバス停から中高年の登山客が大挙乗ってきたのでしてやったり(笑)。

次回は「だるま」のみならずなんばにある串揚げ屋を出来るだけ多く訪問したい。

鎌倉街道の清水橋交差点から戸塚に抜けれる道あり、坂の途中にある善行寺という寺には見えない建物の玄関脇にいつも短詩が貼り出されており、見る度にその言葉に感心するのですが5分も経てば忘れてしまうアホですから写真を撮ってみました。 

「今日の精進、明日への希望」ってちょっと恥ずかしいけれどいい言葉です。 私も含めて今の日本人に足らないのはこの言葉かも知れません。


知人とキャンプ用品のことを話していて思い出したことは中学のときの上級生がボーイスカウトに入っていて、ロープの結び方に始まり、野外活動、共同生活を通じて社会に貢献出来る人間形成云々が目的だったと思いますが、しっかりした上級生でした。

そんな彼がボーイスカウト夏の合宿のキャンプでテント張りをしたり、自炊をしたりということを聞かされたり、位が上がったと自慢げにワッペンを見せてくれたこともありました。 キリスト教系列の学校であったことで、地域のYMCAとも交流があったようです。

そんなボーイスカウトの模範的な上級生はデートをするのも山の麓にある池でボートを漕ぎながら恋を語るという按配で、ちょっと変わっていました。

ボーイスカウトもYMCAも基本的にはキリスト教の信者が始めた活動の一環だったと思います。 ボーイスカウトでは確か3つの誓い、8か9つの掟みたいなものがあって、いずれにしても正直であり、人の為に尽くす、みたいなことですね。 

日本でのキャンプの歴史もYMCAやボーイスカウトとともに発展したようで、その活動がなかったら日本での普及はもっと遅かったかも知れないというのは言いすぎか。 

30年以上も前、ちょうど80年頃、高度成長時代はとっくに終わり、オイルショックから立ち直った日本に流行り出したのがキャンプで、しばらくしてオートキャンプという言葉も聞くようになりました。

関西に住んでいた実家の親が病気で倒れ、横浜と関西を行ったり来たりの生活となり、旅費や宿泊費だけでも大変で、思いついたのが車で行く途中や帰りにキャンプ場でテントで泊り、宿泊費を浮かす作戦でした。 アウトドア雑誌 Be Palもまだ創刊されていなかった時期、なにがなにやらわからずにテントを購入、見よう見真似で工夫したのを懐かしく思い出します。

8月29日(土)の夜から日本一の山、富士山に登ってきました。 30日(日)の早朝に頂上でご来光を見て、その足で下山して朝一番のバスで戻るという計画でした。 富士山は例年7月1日に山開きですが今年は雪が残り、中旬までずれ込んだようです。 今回選んだルートは須走ルートで、7月にも登りましたが、そのときは同行者が足を骨折してやむなく8合目付近で下山。 元来た道を下るのもきつかった。 また、8月31日に閉山ということもあり29日が今年のラストチャンスでした。 登山にはまりまくっている友人と落ち合い、JR御殿場駅から富士急バスの19時25分最終バスで約一時間かけて5合目に位置する須走口へ。 登山道が良く整備され、登山客が最も多く、やたらと山小屋等があるのが吉田(河口湖口)ルートで、登山客も少なく渋滞することもなく登れるのが須走ルートを選んだ理由です。トイレも山小屋毎にあったり、ゴミはほとんど見かけなかったりで、これだと世界遺産登録も間違いなし? 


5合目に位置する須走口は既に標高2千メートルありますが富士山の山頂は3千776メートル。 千700メートルも登らなきゃならないと考えたらぞっとします。 登山口にある売店「東富士山荘」の前でヘッドライトを付けたり、着替え等の準備をしていると急に雨が降り出し、一瞬ヒヤッとしましたが雨も上がり、夜9時過ぎにいざ出陣。 と思いきや濃い霧で一メートル先も見えない。 夜だからか中年以上の登山客はほとんど見かけなく、若い登山グループがやたら目に入る。 霧で先が見えないから我々ズルイ中年は彼らの後をついて歩く。 しばらく歩くとある若い登山グループが「どうぞお先に」と道を譲ってくれる。 ありがた迷惑と思い、しらばく歩いて靴の紐を直してるふりをして彼らをまた先に歩かせるということをしてたこともあり予想よりも遅いペースに(笑)。


6合目付近までは真っ暗な樹林帯を歩く訳でちょっと不気味。 幸い、登山グループが次々と現れたり、追い抜かれたりで賑やかそのもの。 6合目を越えると林が短くなりだし、満点の星空で、眼下には山中湖やら富士の町の夜景が広がる筈が濃い雲海が立ち込めていて何も見えない。 その辺りから身体が重く感じ出すのは軽い高山病か。 友人は液体の濃縮酸素なるものを持ってきててペットボトルの水に混ぜてくれたけど効果はあったのかどうか。 いずれにしても高山病は標高が高くなり気圧が下がることで摂取出来る酸素量が減ることから頭痛や目眩、吐き気をもよおしたりで甘くみたら大変。 呼吸をいつもの倍するように心がけ、ゆったりとしたペースで歩いたのが良かったのか高山病にはならなかった。 本来ならば5時間半から6時間半で登れるのに8合目に着いたらもう朝の4時近くで、ご来光はそこで観ました。 考えてみたら8合目は3千200メートルぐらいであることから既に日本のどの山よりも高いところにいる。 8合目は吉田ルートからの登山者と合流するので、そこから頂上までは大渋滞。 そのせいか頂上に着いたのはそれから3時間近く後となりました。 下りは砂走りを通って3時間と聞いていましたが、延々と続く砂と砂利の道を歩くのはもううんざりしました。 まさに行きはよいよい。。。  

先月、丹沢の大野山に登ってきました。 4月29日(祭)はちょうど山開きということと天候にも恵まれたので登山客の多いこと。 11時から先着千名に山頂にある牧場で摂れた牛乳が配布されるということを聞いた途端に足早に(笑)。 大野山の登山道は急な坂もそれほど多くはなく、小さい子供連れでも登れそうな山です。 

実際に4歳ぐらいの幼児が親に手を引かれ登っていました。 また山頂には芝生が敷き詰められており、綺麗に管理されていました。 富士山も綺麗に見渡せ、家族連れにはもってこいの場所でしばし下界の喧騒を忘れさせてくれます。 驚いたのは車で頂上まで上れる道があることでした。 

当日は山開きということで地元で摂れた野菜、鹿肉、ヤマメなどが販売されていて、イカやとうもろこし焼きを売ってる屋台まであって、ここは本当に標高723メートルの山頂??って感じでした。
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数日前にサーフ・ミュージックに詳しいW氏と上大岡駅前の中華料理屋で楽しいお酒を飲みました。 W氏のサーフ・ミュージックのコレクションはすごいようで、LPはざっと3500枚、シングル盤も同じぐらい集めたそうです。

純粋なサーフ・ミュージックの作品はそれほど多くはなく、タイトルに Surfと記載されたものは片っ端から買い集めたそうで、もちろんモノラル、ステレオ両方あるそうです。 

サーフ・ミュージックを聴き始めたのは73年に公開された映画「アメリカン・グラフィティ」の中で流れていたビーチ・ボーイズの All Summer Longを聴いたことがきっかけだそうです。 

かくいう小生も国内では販売されていなかったビデオをアメリカに行った友人に買ってきてもらったほど好きな映画でした。 当然字幕は入っていません(笑)。 

年齢設定よりも若干老けて見えたリチャード・ドレイファスや売れていなかった頃のイモくさい演技のハリソン・フォードなんかが出演していた楽しい映画で、ハンバーガー・ショップで女性店員がローラー・スケートで滑りながら注文を聞きに来るという場面にはカルチャー・ショックを受けたのを覚えています。
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