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相場英雄著 『震える牛』
著者のTwitterを見ると
「酔っぱらいモノカキ・アイバ」とあった・・・
お酒がお好きらしい
読むと直ぐにわかることであるが、設定が実在の企業をモデルにしている。イオングループである。
よくTVドラマの最後に「本作に登場する人物・団体は架空のものであり、実在するものとは一切関係がありません」とテロップが流れるが、Twitter版を初めて見た。
こんな具合に
「イオンさんと作中の巨大流通業は一切関係ございません。m(_ _)m 震える著者ヨリ。 」
この本で書かれていることはフィクションであることは疑うまでもないと思うし、ましてやイオンで売っている肉がこの本で書かれている通りだと思う人はいないと思う。
が、この作品を読んで、袋詰めのハンバーグを買う気がしなくなった
ファストフードショップでハンバーガーは食べない主義なのでよかったですが・・・でも、ファストフードショップにはよく行きます・・・何を食べているかというとチキン類しか食べません・・・
経済通でもある著者のようで、『大規模小売店舗立地法』施行後の郊外の巨大ショッピングセンターの攻勢や、その周辺に建つ大型専門店が地方では一般的になっている実態と内情の描写は取材にもとずくものなのであろう。
また、食肉加工の企業が内部告発等によって摘発される事件も実際にあったし、デフレの影響で原材料費を抑えるために似たような味・食感の代替品を使うことも過去には普通に行われていた。今でも、スーパーで表示を一々見るが、なんだか曖昧な記載もあったりして怪しい気はする。
大型流通業者は国内を荒らした後は、中国や東南アジアに進出せざるを得ないという記述があったが、中国国内の反日暴動で店内を壊滅的に荒らされても、中国進出を拡大する方針は変えないといっていたのが思い浮かんだ。
東京のターミナル駅の周辺は再開発で大型商業施設が絶えず登場するが、少し離れると古い商店がいまだにたくさん残っている。日本橋とか高輪あたりには昭和初期の雰囲気が溢れている一角が残っています・・・ずっとそのまま残っていて欲しい。
ミステリー小説ですが、ミステリーの部分には取り立てて新鮮味があるということはないと思う。どちらかというと、小説よりもドキュメンタリーを読んでいるような感じがした。ノンフィクションにミステリーのフィクションを織り込んだような感じかな。
食の問題について改めて考えさせられる作品でした。 巻末に掲載されていた参考文献のリストです。
コレらは読んではないので内容についてはなんとも言えませんが、時間があれば読んでみたいな。
「地方を殺すな!ファスト風土化から”まち”を守れ!」洋泉社MOOK
「狂牛病・正しい知識」山内一也(河出書房新書)
「狂牛病 人類への警」中村靖彦(岩波新書)
「狂牛と政治 不安の構図」中村靖彦(文春新書)
「ファストフードと狂牛病」エリック・シュローサー(草思社)
「隠されている狂牛病」シェルドラン・ランプトン ジョン・ストーバー(道出版)
「食品の裏側 みんな大好きな食品添加物」安部司(東洋経済新報社)
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読書
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コメント(2)
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去年、国内で公開された映画の原作です。といっても、映画は見てません
テレビで放送されていたCMの影像を見て興味を持ったので読んでみました。
文庫本カバーのイラストは主人公・カットニスの得意な武器・弓矢とゲーム開始前に観衆に登場する前の衣装のコンセプトであるフェニックスを表している。 ハンガー・ゲームとは、現在の政治体制とは違う12の地区から構成されている未来の北米大陸で年に1回行われ、全国にその模様がTV放送されるるサバイバルゲームのこと。まさに、バトルロワイヤルで、その様が全国にTV中継される。バトルロワイヤルに似ているという指摘もあったらしい。ゲームの様がTV放送されるあたりは、原作者は児童向けTV番組のプロデューサをしていたのが関係しているのか。
未来のアメリカと云う設定のようだが、地区によってはテクノロジーが退化しているようだ。12の地区は産業別にそれぞれ別れている。主人公の少女・カットニスの住むのは第12地区、炭坑の都市というか地域だ。各地区から12から18歳の男女が一人づつ「生け贄」が選出され、最後の一人だけが生き残れる。
カットニスは幼なじみの少年と地区の柵を越えて違法行為だが狩猟をやって家族を養っている。今年のハンガー・ゲームに、あろう事かか弱い妹が選ばれる。カットニスは妹の身代わりに自らゲームに志願する。第12地区の男子の代表にはピータが選ばれる。ピータの家はパン屋だが、地区では比較的裕福な家庭であった。ピータとカットニスの間には過去にあるエピソードがあった。
また、ピータは密かにカットニスに想いを寄せていた・・・ハンガー・ゲームで生き残れるのは一人というルールがある・・・
ピータはゲームの「生け贄」として選ばれたときから、自分を犠牲にしても想いを寄せるカットニスを助けようと心に決めていたんでしょうね。でも、カットニスはそんなピータの心中は知る由もありません。カットニスは家族の為に、生き残り生還する為に、全てを懐疑的に考え計算高く行動していく。
ピータはせつないエンディングを迎えます。ある意味、女と男の違いを見せつけられる想いがします。
最後に、カットニスが感じた心の寂しさは何なんだろう・・・
ところで・・プレイヤーを支援するスポンサー制度というのがあるが、スポンサーの興味を惹いたと思われるカットニスだが、たったそれだけと思ったのは僕だけだろうか
原作は3部作で、映画化されたのは第一部。残りも映画化される予定らしい。
児童向けだからかな、小説では残虐的な描写は無いと思う。軽い読み物的な感じ。 |
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太陽光パネルの配置を検討しようとして太陽の高度が知りたくて、使ってみましたが、便利なものです。 同じような計算を、300年前の江戸時代に算盤を手に和紙に筆で計算していたなんて畏れ入ります。 |
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久しぶりに、村上春樹氏の小説を読んだ。
前に読んだのは、「ノルウェーの森」。
読んだといっても、BOOK1だけだ、今のところは。BOOK3まであるので、まだ1/3しか読んでない。殆ど前知識無かったので、ストーリー的に一区切りつくのかと期待しながら読んだが、序章という感じであった。多分、時間ができたら続きも読むと思う。
この新作「1Q84」を読みながら、個人的には「ノルウェーの森」と同じような感触を持った。どちらかというと肯定的ではない。
AMAZONのカスタムレビューを見ると、単行本と文庫本で傾向が違うのが面白い。単行本は村上作品ファンが多いからか★5個が1番多く、★4個、★3個と続く。が、文庫本ではファンというよりは話題作だったから読んでみたという雰囲気で、★5個が9、★1個が6、★3個が13で1番多い(現在のところ)。
でも、単行本で★を多く付けていても、内容的には辛口が目立つ。内容的には同じようなことを書いてある気がする。
取り敢えずは、「読み易いが長い!」
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石瀧豊美著 『玄洋社 封印された実像』
尖閣諸島問題に端を発して、石原慎太郎、安倍自民党総裁の発言等等で日本の右極化が報じられる昨今。
戦後にGHQの命令により解散させられた玄洋社とはどういった団体だったのか?、右翼の源流とされる玄洋社だが、地元である福岡の人を除いては、その名を知る人は少ないのではないかと思います。 私も今年に入るまで知りませんでした
太平洋戦争前の国家主義の反省によって、玄洋社は歴史から消しさられた感もあります。
玄洋社の弦洋とは、玄界灘をさします。
著者は、資料によって玄洋社の実像を客観的に明らかにしようとする。
著者は、基本的に物事は右翼とか左翼とか決められるものではなく、両方の面があり、それは玄洋社にもあてはまると。
玄洋社は右翼と認識されているが、そうでない面もあることを具体的な文献を取り上げて解説しているようだ。
右翼の玄洋社という先入観を持った人、右翼の巨頭・頭山満の情報を求めて読むと期待を裏切られるようだ。
本書は、1979年5月から80年7月に渡って 60回新聞連載された記事をもとに1981年に出版された『玄洋社発掘―もうひとつの自由民権―』(1981年5月、西日本新聞社刊)に、「中野正剛 2011 戦時宰相論」と孫文生誕130年、辛亥革命100周年にあわせて、孫文が革命後に日本を訪れた際の新聞報道「福岡日日新聞 大正2年の福岡訪問を追った記事一覧 とその一部の復刻(資料「孫文と福岡」)」が収録されています。
孫文、フィリピン独立運動家アナギルド、インド独立運動家ボースへの支援は当時の日本政府の意に反した行動でしたが、玄洋社は孫文・黄興ら中国革命志士を支援していました。
玄洋社は福岡黒田藩の出身者によって設立された。
福岡藩は明治維新の主流派にはなれなかった。それは、お家の事情があったからだ。
幕末に勤王派が主力を占めるが佐幕派の巻き返しにより、家老をはじめ7名が切腹、14名が斬首、野村望東尼ら15名が流刑となり、勤王派の人材を失った。
自由民権運動から生まれた玄洋社であるが「民権から国権への転向」と変化したことを自ら認めている。ここでいう国権というと、一般的には国家主義を連想すると思う。
ただ、著者は国家として独立に当然必要な思想も含む必要もあるのではないかと、一般的な解釈よりも広い解釈をしているように思える。
本書では、玄洋社は政治結社であるが、末端では思想的ハードルは低くどちらかというと郷党的結合であり、又、玄洋社全体を右翼という言葉でくくるには無理があると解説しているようである。いくつかのエピソード(作家の夢野久作が子供の頃に頭山が父・杉山茂丸を訪れた際のエピソード等)の具体例を挙げて、したがって右翼と括ることは出来ないといっているようだが、いくつかの例外的なエピソードがあるからといって、はたしてそうでしょうかと個人的には思う。
大隈外相爆弾襲撃事件、選挙干渉、韓国合邦(韓国併合に対しては内田良平らは日本政府にだまされ官僚や軍に裏切られたといっていたようだ)、満州義和団と例を挙げると、今の感覚ではバリバリの右翼のように思われる。
選挙干渉は、議会開設直後とはいえ暴力をもって選挙に干渉した。当時の旧士族は熱かったんだろうとは思うが・・・・
大隈外相爆弾襲撃事件は、関税自主権のない幕末の不平等条約の改正が外交課題だったが、大隈の改正案は関係各国に対し妥協的であったので、国民的反対運動が高まり、玄洋社社員の来島恒喜が大隈に爆弾を投擲したというものだ。大隈は片足を失い、来島は自決した。
日米修好通商条約が不平等条約だったのは、日本に関税自主権がなかったの対して、アメリカには関税自主権があったからで、1911年に日本はアメリカと新しく日米通商航海条約をむすび、関税自主権を完全に回復した。日米貿易摩擦の際には関税どころか非関税障壁についてアメリカから非難されたものだが。くしくも、関税自主権を回復してから100年後に、例外なき関税撤廃するか否かの判断を求められているのは歴史のいたずらか。
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